泣きやむまで 泣くといい

知的障害児と家族の支援からはじまり、気がついたら発達障害、不登校、子どもの貧困などいろいろと。関西某所で悩みの尽きない零細NPO代表の日々。

[障害者支援]行動援護以外の方法はないか

第3回パーソナルアシスタンス☆フォーラム
http://www.eft.gr.jp/pa-forum/051121/index.htm
 レジュメを読む限り、同意できる部分多数。やはりどこの事業所も苦労している部分は似たようなところか。それにしても東京都でも行動援護の利用が一桁というのはあまりにひどい。あって無いような制度と化している。
 シンポジウム主旨のところで、

 一方で、「利用者の指示に従う」・「見守り中心」の自立生活センターの介助(介護)も、そのことばのとおりの実践だけで、知的障害/発達障害者のニーズに、応えられるわけでもないでしょう。

 様々な立場から、「知的/発達障害者のパーソナルアシスタンスを議論し、「制度がどうなっても支援を絶やさない」ための立場を超えた実践と連携が必要なのだと思います。

 など書かれているのを読むと、岡部さんがこじれてしまった諸団体間の関係を修復しようとしているのがわかる。メンバーを見れば、「自立生活センター」対「全国ネット戸枝」で険悪なムードになってもおかしくない。しかし、不毛な対立は終わりにしなければならない。
 「NPO法人だれもがともに小平ネットワーク」の藤内さんのレジュメ内容は全く正論。

移動支援になれば緊急時に対応できるというのもうそ。
 ⇒支援費でもできる(市の柔軟性と事業者の気合の問題)

 ともにネットで1年の非常勤職員は、ベテラン施設職員より立派に「問題行動」ある人の支援ができている。
  現場のコーディネーターは対応できそうもないヘルパーをつけたりはしない。
 「専門家」でないとかかわれない人たちという類型化が一人歩きしていく危険性のほうが大きいのではないか。

 最後の「取り組みたいこと」として、

(4)移動支援事業根拠単価を家事単価に(するわけないだろうけど、近づける)

 などと書かれているのを読むと絶望的な気持ちになる。もし移動支援の単価が家事単価と同額程度になると楽観的に考えても、うちの事業所の収入は今年度よりも4割減でなる。どううまくやりくりしたって、今の雇用は維持できない。一方で行動援護が増えると、今度はヘルパーが調整できない。特定の支援者しか関われないのは、子どもたちにとっても全くよいことと思えない。すると移動支援にこだわらざるをえない(そもそもうちでは行動援護のサービス提供責任者がおけない)。
 移動支援に市町村として何らかの形で上乗せしてもらうようなことがありえるのかどうか。仮に行動援護の条件が緩和されるとしても、ヘルパー要件はあまり変わらないだろう。すると「行動援護にできるが、調整の可否を考えると、そうしたほうがいいか」ということにもなる。行動援護の単価の高さと市町村の負担額などを併せて考えれば、行動援護にしない代わりに、その実績見込の4分の1にあたる金額を市町村で移動支援に独自に上乗せしてもらったほうが、ましではないだろうか。もちろんそれでも大変な経営難には違いないだろうが、あらゆる可能性を考えて、試算してみなければいけない。
 行動援護基準の新旧対照表もはじめて見た。たぶんネット上でも公開されたのははじめてではないか(リンクが間違っていて、読めないものは一度だけあったけれど)。こんな馬鹿げた話はない。
 このままの状況が続いたときに、来年度から義務的経費として確保される予算って、本当に消化されるのだろうか。いや、この調子なら行動援護の分なんてほとんど確保する必要さえないだろう。だとしたら、その分の金はどこに行くのだ。