泣きやむまで 泣くといい

知的障害児と家族の支援からはじまり、気がついたら発達障害、不登校、子どもの貧困などいろいろと。関西某所で悩みの尽きない零細NPO代表の日々。

あなたの子に「療育」が必要になったとして

 あなたに幼稚園に通っている子どもがいるとしよう。その子が成長するにつれて、少しずつ発達に気がかりな点が見え始める、なんてことがあるかもしれない。他の子どもと比べてやけに言葉が少ないとか、お友達の気持ちがわからずにケンカばかりしているとか、そんな状況を想像してもらえればよい。
 「障害」という言葉が頭をよぎりつつ、それを認めたくないという思いと子どもの幸せを願う気持ちが交錯して、いったい自分は何をどうすればよいのだろうかと悩むかもしれない。そんなときに、自治体による乳幼児健診などを通じて関わりのある保健師などから「療育」というものを勧められることがあるだろう。
 なんだかすごい字面であるが、最近では「発達支援」なんて呼ばれることもある。その子どもの発達上の強みを活かせる方法や弱みをカバーする方法を考えていこう、とするものとしてひとまずは思ってもらえればいい。「療育機関」などと呼ばれる場所に通って、保育所や幼稚園よりもっと小さな集団でのプログラムを受けたりする。
 さて、保健師から勧められて、さまざまな葛藤の末に週に1日だけ「療育」を受けさせてみようかと思ったあなたは手続きをしなければならない。それは簡単に言うと

自治体に申請書を出す

自治体からの聞き取り調査を受ける

自治体から「週1回使っていい」という証明(受給者証)をもらう

療育機関と利用契約を結ぶ

というものであった。このあと療育機関はあなたや子どもの生活や発達についてさまざまなことを調べて、療育の内容を考えていくことになる。
 実際のところ「療育」は事業者の数も定員も限られているので、保健師や療育機関の間で利用者の選考が行われることも多い。自治体に申請書を出すよりも前の段階で保健師や療育機関と調整が重ねられて、週1回利用する手筈は着々と整えられていくはずだ。
 あなたは上に書いた手続きを進める過程で、特に疑問を抱くこともないだろうと思う。週1回の療育利用までの「手続き」に限れば、大きな問題など聞かれたこともなく、現場はまわっていたわけである。少なくとも自分が仕事をしているこの地域において、この3月31日までは。
 本題はここからだ。法改正によって、国が平成24年4月1日から推し進めようとしている手続きは次のようなものである。

自治体に申請書を出す

自治体からの聞き取り調査を受ける

「障害児支援利用計画」を作るように言われる(New!)

「障害児相談支援事業者(A事業者)」と契約を結ぶ(New!)

相談支援事業者があなたの家を家庭訪問して、生活などについて聞く(New!)

相談支援事業者が週1回の「障害児支援利用計画案」を作る(New!)

「利用計画案」を参考に、自治体が「週1回使っていい」という証明(受給者証)を出す

子どもの関係者(行政職員、保健師、幼稚園の先生、療育機関など)が集まって「サービス担当者会議」を催し、相談支援事業者が計画案を説明。内容を協議する(New!)

協議を受けて「障害児支援利用計画」を確定させる(New!)

療育機関と利用契約を結ぶ

 さて、あなたはこの手続きに何らかの合理性を感じとることができるだろうか。
 子どもを幼稚園に通わせながら、たかだか週1日だけ数時間程度の療育を受けさせようとした途端に、療育機関ともまた異なる「相談支援事業者」なるものと契約を結ぶように言われて、子どものことや生活のことをあれこれ聞かれる。
 この「相談支援事業者」は子どもの発達について療育機関ほどの専門性をもっていない可能性大であるし、「利用計画」はほとんど「週1回使うことを決めた計画」でしかないので、子どもの発達についての情報は薄っぺらいものにならざるを得ず、療育機関にとっては役に立たない。
 介護が必要な高齢者が身内にいた経験のある人ならば気がついただろうが、これは高齢者の介護保険における仕組みとそっくりである。いわゆる「ケアマネジメント」における「ケアプラン」の作成が、幼児の週1回の療育にまでも求められるようになったと言ってよい(もちろん財源は違うが)。
 ついでに言うと、この後、一定の期間ごとに「モニタリング」というのがまた相談支援事業者によって行われる。モニタリングは実際に療育を行った後に「以前に作った利用計画でよいか」を確認する作業で、このモニタリングの後にまた担当者会議を開いて利用計画を見直せ、ということになっている。週1回の療育利用ではほとんど見直されることはなく、ただ形式的にモニタリングが行われるだけになるだろう。
 A4用紙1枚両面程度の利用計画を作ることで相談支援事業者には16000円が入る。モニタリングでも13000円が入る。「相談支援」というのは、いったいどこからどこまでが「相談」であるのかわかりにくく、実績を数字にするのも難しい(たとえ電話や面談を何件受けたという数字があっても、それをどう評価していいのかは難しい)。それゆえに「相談」という支援に対してどのようにお金をつけるべきなのか、というのも難しい問題になりやすい。「計画作成」は確かに1枚1枚の「計画」として、わかりやすく形に残るだろう。
 この記事では幼児の週1回の療育について書いてきたが、「利用計画」の導入は国の障害福祉サービスを使うすべての障害者について求められることになっているから、該当者は膨大な人数となり、相談支援のために確保される予算も一気に増える。きっとうまくやれば「相談支援」をやっている人たちの仕事の安定にはつながるのだろう。「中身のない無駄な仕事だ」と感じながら淡々と計画作成をこなすことで収入を得て、一方で本当に大変な事例への相談に尽力していく、という構図である。
 しかし、週1回の療育利用について、いったい誰がこのような作業を望んでいるだろうか。
 子どもに療育を受けさせようとするあなたは同じようなことを行政や相談支援事業者や療育機関から何度も繰り返し聞かれるだけである(似たようなことを聞かれつつ、だんだん聞かれる内容は詳細になっていくだろう)。大げさな手続きを求められることによって「うちの子はそんなに大変な子どもなのだろうか」「こんなに大ごとであるなら、行政としてもあまり使ってほしくないのだろうか」といっそう思い悩むかもしれない。
 療育機関は「利用計画」を見たところで、具体的な支援計画を立てるための情報はほとんど得られず、結局、医療機関からの情報や発達検査の結果などを参考にしていくことになる。自治体の事務量はもちろん増える。
 このルール改定によって、いま障害福祉の現場は大混乱(あるいはあまりのリアリティのなさにぴんと来ていない)だが、世間には全く知られていないだろう。最近は障害者支援の動向に注目が集まることも増えたが、それも「自立支援法の廃止」関連までである。厚生労働省が向こう3年ぐらいかけて、このシステムを確立させていこうとしていることの意味をみんなもっとよく考えたほうがよい。自立支援法廃止をめぐる運動にとっての意味にとどまらず、この国の「社会サービス」や「相談」の置かれた状況を象徴的に示す話でもあるはずだ。