泣きやむまで 泣くといい

知的障害児と家族の支援からはじまり、気がついたら発達障害、不登校、子どもの貧困などいろいろと。関西某所で悩みの尽きない零細NPO代表の日々。

たかが昼食選び、されど昼食選び

 朝から自転車で並走するガイドヘルプ。ときどき赤信号が見えていなくて、危なっかしい。万が一でもガイドヘルプが国事業になったら、このような支援を認めてもらえるだろうか(たぶん無理)。
 昼に事務所に戻ると、メールが。サービス管理責任者研修(児童分野)の受講時にお世話になった講師の先生から。児童デイサービスの制度内容(運用ではなく)についての質問。……立場が逆であるべきではなかろうか。そもそもうちはまだ児童デイサービスをやっていないのだけれど。制度へのさまざまな不平不満も含めて、返信。
 午後からもガイドで昼食。そして、激しい運動に同行。たくさん走って、くたくた。明後日あたりに全身が痛むであろう。
 そんなことよりも彼は「選べる」ようになった。目の前にある選択肢の中から選ぶことができなかったのが、選べるようになる。これは彼自身によってどんなふうに体験されているのだろうか。自分に置き換えて考えてみようと思うのだが、想像がつかない。