泣きやむまで 泣くといい

知的障害児と家族の支援からはじまり、気がついたら発達障害、不登校、子どもの貧困などいろいろと。関西某所で悩みの尽きない零細NPO代表の日々。

まさかの音読ゼミ

 非常勤講師業。学生のゼミ発表を聞く。世の学生一般を嘆く意図はないので、いちおう改めて書いておくが、Eランク下位の大学である。
 もはや見慣れてきた感のある漠然とした研究テーマ。
 当然のごとく1冊だけの参考文献(ウェブサイトじゃないだけマシ)。
 その本の「目次」をほぼ写しただけと見られるレジュメ。
 自分の言葉での発表じゃない。読み上げ原稿があるようだ。しかし、実は原稿ではない。その本のコピーそのものである。自分で書いているわけではないので、見慣れない漢字が出てくると、そのつど詰まる。中学や高校の国語の時間を思い出した。
 何せ本のあちこちを全文読み上げるのだから、どんどん時間は経っていく。予定時間を軽くオーバーして、このゼミ史上で最長の発表。終盤は大幅カットしているようだった。全て予定どおりに読んでいたら、たぶんゼミ時間が終わっていただろう。そして、結論部分は内容と無関係に自分の「感想」のみ。
 前期から繰り返し繰り返し繰り返し伝えてきた研究テーマの絞り込み方だとか、発表の構成だとか、レジュメの作り方だとか、改めて伝える。後期は、発表後の時間を使って、卒業論文の構成や研究方法について講義をしているので、できるだけ来るように伝える。そうして話すうちに、どんどん学生は不満顔になっていく。
 良くない部分の指摘ばかりだから? じゃあ、この発表のどこ誉めんの?
 発表のためにゼミに来たことを「がんばったね」って誉めるの? 「長い時間の音読、大変だったね」って、ねぎらったらよかったの? 誰か教えてください・・・。