泣きやむまで 泣くといい

知的障害児と家族の支援からはじまり、気がついたら発達障害、不登校、子どもの貧困などいろいろと。関西某所で悩みの尽きない零細NPO代表の日々。

未来のための総括(2)

 前回の続き。
 支援費制度導入まで知的障害児者の「地域生活支援」はどんなものだったか、と言えば、地域ごとにばらばらな補助制度に支えられた(あるいは全く何の制度的支えもない中で)ものすごく熱意ある事業者ぐらいしか、使えるものが無かった。知的障害の分野で一定の質と量を保ってレスパイトサービスができているとか、ホームヘルプができているとかいうのは先進地の話であり、そんな事業者は全国的にも有名なところばかりだった。ひとつの地域で、使えるものが2つも3つもあるなんてことは無かった。「地域生活支援」の定義をしていないが、ひとまず作業所や授産施設等の通所先の話はおいておこう。ここでは、通学や通所以外の部分の社会資源不足に焦点をあてる。子どもたちとの関連も深いので。
 2003年、当事者や関係者には「支援費制度がはじまります」とパンフレットが配られ、各地で「申請しよう」という機運が高まっていった。知的障害分野の場合、親の会組織などで「どんどん申請すべし」という助言もなされていたように思う。埋もれがちなニーズを自治体に向けて堂々と主張できるチャンスでもあったからだ。
 申請を受けて、まず自治体による聴き取り調査がはじまった。これは画期的なことだった。自治体が雇った調査員(委託もあったんだっけ? 忘れてしまった)が個別に子どもや家族のアセスメントをする。その後、調査員がまとめた資料をもとに自治体職員と1ケースごとに会議をして、障害程度の判断とか支給量の決定をするのである。
 このあたりをどのぐらい丁寧にやっていたか、は自治体によって異なり(ほとんどやっていない地域もある)、同一の制度が「運用」のレベルでいかようにもなりうることの恐ろしさや、それに伴う地域格差も痛感することとなった。それでも、このあたりの地域では養護学校に通う子どものほとんどが利用申請して(何かあったときの「保険」としての日帰り短期入所がほとんどだったが)、きちんと聴き取り調査がなされた。
 アセスメント項目は今の認定調査のものと比べれば、ものすごく大ざっぱなものであった(マニュアルは分厚かったけど)。勘案事項の中に「家族の状況」があることや地域ごとに障害程度の判断にものすごいばらつきがあったりもしたこと(地元自治体では、重度対軽度の比率が8:2なのに、隣の自治体では2:8とか)に、批判もあった。ただ、これだけは言える。地方自治体が、地域に暮らす子どもたちひとりひとりの障害や家族の生活について細かい情報を得た(得られる可能性があった)のは、これが史上はじめてだったと思う。なんでこんなことが自信をもって言えるかというと、このとき自分はまだ法人の設立前で、自治体にアルバイト雇用されて、聴き取り調査に従事していたから。それまでの自治体は、よほどの困難ケースで無い限り、子どもや家族の生活全体を把握しようとすることはなかっただろう。障害児の聴き取り結果について会議で報告していく中で、担当職員が「うわぁ、大変・・・」とか、共感的に聞きながら支給決定をしていく場面をたくさん見られた。とりわけ「行動障害」は、障害程度の決定に大きな影響を及ぼしうる項目だったので丁寧に聴き取りがされていたし、自治体職員にとってみれば新鮮さもあったと思う。
 こうして決定されたサービスは、実質的上限として自治体が定めた「ガイドライン」の範囲で支給されたが、このあたりの地域ではかなりガイドラインの時間数が多かったし、現実にそれを上回るケースも出ていたので、あまり問題にはならなかった。もちろん地域によっては、子どものサービス利用そのものが認められなったり、全員に一律でわずかな時間数だけ支給したり、いろんなパターンがある。
 支援費時代の費用負担形式は「応能負担」である。子どもたちが使うガイドヘルプや日帰り短期入所も所得に応じて、負担額をかなり細かく区分された。ガイドヘルプの負担額でいうと、おおよその印象として、保護者が名前のよく知られた企業に勤めていると30分400円ぐらい、公務員だと30分300円ぐらい、自営業だと200円とか100円とか、そんな感じだったろうか(もちろん0円のところもある)。今の「1割負担」どころの話ではなく、利用者によっては最大6割ぐらいの負担をしているところもあった。保護者がサラリーマンならば、多くが2割から3割以上の負担はしていただろう。
 個々の家庭の生活状況とかけ離れていることも多く、事業所としてはすっきりしない気持ちで領収書を作成することも多かった。保護者の中に「自営業者は脱税ばかり」と憤る人もいたが、実際、会社勤めと自営業の間で差が大きすぎる印象があった。ただ、支払い上限はあったので、それでずいぶん救われているところは多かったように思い返される。10時間で8000円とかも普通に支払われていたが、特に不満は聞かれなかった(ちなみに自立支援法になり、この地域でガイドヘルプを使った場合の利用者負担額の設定は、加算部分を除くと30分40円ぐらい。一桁違う)。高いとか安いとかよりも「所得に応じている」ということの「公平感」はあったかもしれない。
 こうしてスタートした支援費制度。一番大事なのは、子どもたちや家族の生活がどう変わったのか、ということである。つづく。 続きは→こちら