泣きやむまで 泣くといい

知的障害児と家族の支援からはじまり、気がついたら発達障害、不登校、子どもの貧困などいろいろと。関西某所で悩みの尽きない零細NPO代表の日々。

はたして「スプリンクラーがあればよかった」のか?

 最近は組織の内にも外にもつらいことばかりで、何を書く気にもなれないのだけれど、だからこそ何か書いてみたらどうなるのだろうか、と思って更新してみる。
 今回の「またか」というニュースについて。
高齢者施設火災>スプリンクラー設置基準見直しへ…総務相
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130212-00000018-mai-soci

 12人が死傷した長崎市認知症高齢グループホーム火災を受け、新藤義孝総務相は12日の閣議後の記者会見で、消防法のスプリンクラー設置基準を見直し、面積の小さな施設も対象とする考えを明らかにした。
 火災のあった「ベルハウス東山手」は、グループホームスプリンクラー設置義務(延べ床面積275平方メートル以上)をわずかに下回っていた。新藤氏は「面積基準上は設置義務がなかったが、この基準でいいのか検討しなければならない」と述べた。

 関係者みんな「ああ、これでまた基準が厳しくなる」と思い、うんざりしている。たぶん基準を守る側も守らせる側も、だ。防災はいいことなので、誰も大きな声では言わないけれど。
 さっそく地元の消防にも「近所にある障害者グループホームの火災対策は大丈夫か」という近隣住民からの問い合わせが相次いでいるらしい。たぶんこれからあちこちの事業所に立ち入りがあるだろう。双方にとって「前もこれあったな」という既視感を伴いながら。
 そして、消防は基準を満たせていないところに「もっとがんばるようにね」と言う。無理とわかっていても、行政としてのアリバイはこれで成立だ。古くからあって、構造上どうしようもないような建物は結局そのままである。入居者に出ていけとも言えない。
 建築基準法都市計画法、消防法、各種条例など、事業所指定の要件が厳しくなることはあれ、緩和されることはほとんどない。
 高齢者の入所施設は待機だらけだし、障害者分野では入所施設からの「地域移行」が言われている。障害者の家族や親族の中には「この子たちのために役立ててもらえるならば」と家や土地をグループホーム建設のために活用してもらいたいと思っている人もいる。へんぴなところに「家」を建てたくはないし、住み慣れた町の中で既存の建物を活用してどんどん数を増やしたいと現場は思う。
 しかし、そのような意向に反して、規制はどんどん厳しくなり、どんどん社会資源は作りづらくなる。消防に限らず、建築基準などに関しても同じだ。そして、高齢者施設で何かあれば、知的障害も精神障害も身体障害も同じ扱い。
 消防関係の規制について、少し歴史を追ってみよう。
 2006年1月に長崎県認知症グループホーム「やすらぎの里さくら館」で火災。7名死亡。この結果、消防法施行令が改正される。防火管理者の選任義務付けと消防設備の設置義務の厳格化。スプリンクラーについて言えば、このタイミングで延べ面積1000平米から275平米以下の施設に義務付けられるようになった。
 2009年3月に群馬の無届け高齢者施設「たまゆら」で火災。10名死亡。防火管理者の選任が必要とされる30人には3人満たない施設で、火災報知器もなかった。都内から生活保護受給者が多く移住させられているなど、先日のNHKスペシャルで話題になったような「終の棲家」問題が明るみにも出た事件でもあった(参照)。この後、厚生労働省は無届け施設にも有料老人ホームとしての届け出を促し、スプリンクラー設置補助1平米あたり9000円を開始。消防長会は避難訓練マニュアルを作成。
 2010年に札幌の認知症グループホーム「みらいとんでん」で火災。7名死亡。延べ面積は248平米で、スプリンクラー設置対象外。火元となった石油ストーブを使っていたのは「ストーブの前で気持ち良さそうにあたっている利用者の顔を見ていて、問題があるまではそのまま利用しようと思っていた」(参照)。夜間の人員配置(1人)は満たしていた。この後、消防庁から自治体に出された通知の内容は簡単に言うと「法令を守らせろ。法令違反は改善指導しろ。夜間を想定した避難訓練をさせろ。出火防止にすぐれた機器を使わせろ。寝具や家具は防炎のものを使わせろ」だった。
 そして、2013年2月、長崎市認知症グループホーム「ベルハウス東山手」で火災。4名死亡。悲劇は繰り返された。
 多くの死者の出るような火災が特に高齢者(それも低所得者認知症)施設で相次いでいることから何を考えるか。反射的に「消防用設備をつけていない福祉施設はけしからん」「設備基準を厳しくしろ」で済む話でなく、もっと他にも課題があることは、こうした経緯からもわかる。
 たとえスプリンクラーを全施設に義務づけするとともに、補助対象を拡大したところで、それは別の課題を覆い隠すものであるのかもしれない。そもそも「スプリンクラー」とは火を消すものであり、火がつかないようにするものではないのだから。設置にかかる費用だって、さまざまな建物がある中で一律に1平米あたり9000円なんて補助ですべてまかなえるはずがない。かなり大がかりな改修工事が必要になることもある。改修では済まないような建物もある。
 社会保障費の抑制と「人からコンクリートへ」の流れにはぴったり沿っている、と考えるのは邪推であろうか。もっと関係者が発信すべきと思うが、相変わらず表だった動きは見えにくい。人目につかないところで物申していく業界団体はあっても、世間にはまるで見えない。同じ規制をあてはめられる障害者支援業界はもちろん、高齢グループホームについては、すべての国民がいつか(「自分も入居しうる」という意味で)「当事者」になりうる。ひとりひとりが老いた後に「どのような環境の中で暮らしたいか」を考えれば、グループホームに求めるものが「スプリンクラー」にとどまるはずはないし、「家」であろうとすることと規制のあいだに生まれる矛盾やそれを乗り越える方法についても議論を深められると思う。
 この件についての関係者等のツイートをtoggeterで少しだけまとめたので、それもご参考まで。

グループホームスプリンクラーのやっかいな関係について
http://togetter.com/li/454799

 また、既存の建物を福祉施設等に転用するときの制度的課題は以下の本に詳しい。

空き家・空きビルの福祉転用: 地域資源のコンバージョン

空き家・空きビルの福祉転用: 地域資源のコンバージョン

  • 作者: 森一彦,三浦研,松浦正悟,松田雄二,橘弘志,厳爽,黒木宏一,佐伯博章,倉斗綾子,北後明彦,隼田尚彦,古賀政好,松原茂樹,小林陽,加藤悠介,古賀誉章,井上由起子,山田あすか,室崎千重,絹川麻理,藤田大輔,日本建築学
  • 出版社/メーカー: 学芸出版社
  • 発売日: 2012/09/20
  • メディア: 単行本
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