泣きやむまで 泣くといい

知的障害児と家族の支援からはじまり、気がついたら発達障害、不登校、子どもの貧困などいろいろと。関西某所で悩みの尽きない零細NPO代表の日々。

ソーシャルワークの定義を通じて暴かれる欺瞞

(個人的に)待望の新刊。

国際ソーシャルワーク連盟による「ソーシャルワークのグローバル定義」というものがある。社会福祉系の大学等では必ず教えられるはずだ。

この定義は過去に2度改められてきた。せっかくなので引用しておく。

・1982年定義

ソーシャルワークは、社会一般とその社会に生きる個々人の発達を促す、社会変革をもたらすことを目的とする専門職である。

 

・2000年定義

ソーシャルワーク専門職は、人間の福利(ウェルビーイング)の増進を目指して、社会の変革を進め、人間関係における問題解決を図り、人びとのエンパワーメントと解放を促していく。ソーシャルワークは、人間の行動と社会システムに関する理論を利用して、人びとがその環境と相互に影響し合う接点に介入する。人権と社会正義の原理は、ソーシャルワークの拠り所とする基盤である。

・2014年定義

ソーシャルワークは、社会変革と社会開発、社会的結束、および人々のエンパワメントと解放を促進する、実践に基づいた専門職であり学問である。社会正義、人権、集団的責任、および多様性尊重の諸原理は、ソーシャルワークの中核をなす。ソーシャルワークの理論、社会科学、人文学、および地域・民族固有の知を基盤として、ソーシャルワークは、生活課題に取り組みウェルビーイングを高めるよう、人々やさまざまな構造に働きかける。

この定義は、各国および世界の各地域で展開してもよい。

だんだん長くなっていることは一目瞭然であるが、 これは様々な背景があって必要に迫られ「改良」を図ってきたゆえである。無意味に長文化したわけではない。

本書は「ソーシャルワークにおける『知』はいかにして社会的に作られてきたか」を「ソーシャルワークの新しいグローバル定義」に採用された概念につながる歴史を追うことで明らかにしようとしている、と思う。「と思う」と書きたくなるのは、この説明が書名とややズレているように感じるから。

このような書名で出版したのは、なぜだろうか。グローバル定義に使われた多くのキーワードは「近代西欧的なもの」に対して反省的である(「多様性」「地域・民族固有の知」など)。一方で「社会的結束」のように、暴動やテロなどのリスクが反映された概念も組み込まれている。

社会福祉が「社会事業」と呼ばれていた黎明期から現代に至るまで、日本の社会福祉(学)史もまた同様の「西欧近代的なもの」を抱えてきたのにその問題をスルーしてきた。また、例えば地域における人と人のつながりを重視する立場は、しばしば多様性の尊重どころか排他的に作用しうる。

日本の社会福祉学もそのような歴史と現状に目をそらすことなく自覚すべきだ、というメッセージと思えば書名に納得もいく(たぶん出版社から提案されたのだろうと勝手に想像)。

方法としては「ソーシャルワークにおける知」(とその担い手)に関する知識社会学、歴史社会学的な研究、と言ってよいのだろうか。各章では、特定の概念と関連の強い史実が取り上げられている。多くの研究者からあまり注目を受けてこなかったものにあえて注目して、明るみに出している。

もし書名のとおり「社会福祉学における『社会』の捉え方」を分析するのが本当の主題ならば、この研究方法では済まなかったはずだ。「社会福祉政策」ならばまだしも「社会福祉(学)」における社会観の変容について記述するには、どれほどの文献を対象にしなければならなくなるかわからない。

けれども「ソーシャルワークのグローバル定義の変容」を軸にしているから、ポイントは絞り込まれる。そこから、日本の社会福祉史においてあまり指摘されてこなかったことを言う、のが、たぶん著者のやりたかったことなのだろう(もしこの理解が誤っているなら、言いたいことはいろいろ出てくる)。

実際、コロニアリズムとか社会ダーウィニズムとか「五人組」とか、日本の社会福祉の中にもありながらほとんど言及されてこなかった暗部をずばずば突いてくる。過去についても現在についても社会福祉の欺瞞を許さない。

終盤は想像以上に政策批判的な色合いの強い本になっていった。研究者として、というだけではなく、ひとりの生活者として経験してきたことから「専門知」と著者の言う「在来知」のバランスについて考える機会をたくさん与えられたのではないか、となんとなく勝手に想像する。そして、そこに共感できる。最後は「当事者研究」とかに接続されていくのかな、とも想像しながら読んでいたが、そのあては外れた。時期尚早だったか。

最近は仕事上の必要に迫られて、発達心理の教科書的なものを読むばかりだったので、メッセージとストーリーの明確なものを読めて、とても面白かった。同時に、誰か「社会福祉学における『社会』と『知識』の歴史社会学」をがっつりやってくんないかな、とも思った。「社会福祉」と「社会福祉学」の関係もちゃんと整理しながら。

その際には「知識」の一語で表されるものも、誰かもっと機能別に類型化すべきと思う。その過程を経ないと、この本で言うところの「在来知」と「専門知」のそれぞれをどう評価すべきかを定めにくい。

研究者は当然読むべき。言われなくても、みんな読むだろうけど(そのためにこの書名にしているのだろうし)。読みやすいので、現場のワーカーもぜひ。