泣きやむまで 泣くといい

知的障害児と家族の支援からはじまり、気がついたら発達障害、不登校、子どもの貧困などいろいろと。関西某所で悩みの尽きない零細NPO代表の日々。

地縁の嘘

 「自治会」にすっきりしない。
 「地域福祉」は、小さな単位の地域が大好きである。世間はそんなこと知らないだろうが、社会福祉協議会など「小学校区」単位で「学区社協」「校区福祉委員会」などと呼ばれるものを組織するのが良いとされる。住民の生活により身近な単位ならば、よりきめ細かな支援ができるはずだ、というわけである。なんだかもっともらしい。
 しかし、最近うちの事業所に舞い込む利用依頼を聞いていると、校区どころではない「自治会」単位でさえ、はたして期待をかけてよいのか大いに疑わしい。「自治会で役にあたった」ということに付随して、子どもを預けたいと言う家が続出している。そして、そういう家に限って、家族の状況は非常に大変なのである。家族の命が危ないところさえある。こんな田舎なのだし、近所に住んでいたら、ある程度事情はわかっていそうなものなのに、なぜか全く配慮されない(同じようなことは「職場」にも言える。従業員の子どもの状態を全く知らないわけでもあるまい。どうして、勤務日をどんどん増やそうとするのか。全く理解できない)。
 行政からあれこれと頼まれて、住民どうしで嫌な役回りを押し付けあうだけの自治会なら、無い方がましである。相互扶助どころではなく、むしろ首を絞められる。もはや家族以外に、身近な者の生活に対して必要な配慮をしようとする地域共同体は存在しないのだろうか。空しい。
 ちなみに、自分は新しく開発された地域の単身者アパートに暮らしているため、自治会に入っていない。おかげでゴミの出し方すら正確にはわからない。広報も届かない。どうやら自治会に入っていないということは、自治体から住民とみなされないということのようだ。