泣きやむまで 泣くといい

知的障害児と家族の支援からはじまり、気がついたら発達障害、不登校、子どもの貧困などいろいろと。関西某所で悩みの尽きない零細NPO代表の日々。

「障がい者」表記は人々のイメージを変えうるのか、という研究

 さて、千葉市長の発言が話題になっているようだ。
千葉市長が「障害者」にこだわる理由 「障がい」「障碍」論争に一石
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150525-00000002-withnews-soci
 もう、このテーマは障害者支援業界では何度となく繰り返し議論されてきたことであり、表記の問題と真摯に向き合おうとする関係者はみんな自分なりの考えをもっている。表記に何らかの社会的メッセージを込めようとするもの。特定の表記を嫌がる当事者の心情に配慮しようとするもの。世の中のイメージを変えたいと思うもの。
 それらの考えを今さらひとつずつ列挙したいとも思わない。自分は「障害者」表記派であるが、他の表記を用いる人がいても「この表記において大事にしたいものが違うのだな」と思うだけである。表記によって、相手の「障害観」の全体が理解できるなんてこともない。同じ表記を用いていても、考え方が合わない人はたくさんいるだろう。
 そんなわけで、ひとりひとりが信念をもって言葉を選んでいるのであれば、まずはそれを評価すればよい、というのが自分の結論。で、ここからはあまり例のない研究を紹介したい。
 「障害者」を「障がい者」と表記しようとする背景のひとつには、「害」という言葉への否定的なイメージがある。「障害者」よりも「障がい者」のほうが、なんとなくやわらかい印象を抱かせるだろう。では、実際のところ「害」を「がい」とひらがなにすることは、障害者へのイメージ形成に影響するのだろうか。

 この本の第三章が「『障害者』から『障がい者』へ――表記変更の効果」。そのものズバリだ。奥付ページによれば、著者の専門は主に「障害者に対する態度研究」。
 著者は、まず予備調査として「身体障害者に対するイメージ」を健常の大学生や大学院生(平均19.2歳)180名から集めた(形容詞、形容動詞、動詞に限る)。集まったのは述べ574語である。ちなみに、頻度が高かったのは「不自由だ」「大変だ」「不便だ」「辛い」「弱い」「頑張る」「強い」「遅い」「明るい」など。そして、これらの結果をもとに、形容詞21対からなる身体障害者イメージ尺度を形成した。この尺度によって、身体障害者へのイメージは点数化されることになる。
 もうひとつ用いられるのが、障害者との「交流態度尺度」。これは先行研究が援用されており、「当惑(身体障害者との接触における不安や緊張)」「交友関係(利害や負担が発生しにくい場面で障害者と接触するときの抵抗感」「自己主張(障害者に本音の意見を表明することへの抵抗感)」の3つに分かれる。障害者とのさまざまな場面を想定して「こんなときどう思うか」「どう感じるか」と尋ねて、その回答もまた点数化していくわけだ。
 これら二つの尺度と「身体障害者とのボランティア経験」について、大学生・大学院生348名(平均19.9歳)に回答してもらうのだが、この質問紙がポイントである。質問紙は「身体障害者」と表記したものと「身体障がい者」と表記したものをランダムに配布する。さて、表記の違いとボランティア経験は身体障害者に対するイメージに影響を及ぼすのかどうか。
 まず分散分析によれば、障害者に対する「不自由」「不便」などのイメージや「悲しい」「辛い」などのイメージは、表記とも経験とも関係なく一様に抱かれていた。しかし、「頑張っている」「立派な」などの尊敬イメージは、身体障害者へのボランティア経験がある人のみ、ひらがな表記によって促進されていた。
 続いて、交流態度に表記が及ぼす影響についてであるが、「当惑」「交友関係」「自己主張」のすべてにおいて表記の影響はなかった。一方で、ボランティア経験は身体障害者との交流に対する当惑感や表面的な交友関係への抵抗に良い影響を与えていた(ちなみに、障害者に対して本音の自己主張をできるかどうか、についてはボランティア経験も影響がなかった)。
 ここからさらにイメージと交流態度の相関分析をしたり、パス解析をしたりしていくのだが、ボランティア経験者に対してひらがな表記(「障がい者」)が身体障害者への尊敬イメージを高めることと、表記は直接に交流態度を変えないものの尊敬イメージを経由して交流態度を改善させていく効果はありうる、というのがこの章の最終的な結論になっている。
 著者は「表記変更」について言う。

率直に言ってしまえば、関係の無い(と思っている)人たちにとっては圏外の問題であるようだ。(63ページ)

 同時に、次のようにも言う。

もちろん、障害者の表現方法によっては、当人が傷つき、社会参加への意欲を削いでしまうかもしれない。当事者(と当事者に近しい人々)にとっては、「障がい者」表記への変更は意義がある。(64ページ)

 概ね同意したい、と思う。
 ちなみに書籍全体としては、障害者に対する差別や偏見を心理学的に研究した珍しい本。著者はおそらく障害者支援に深く関わってきたような人ではないので、専門外の部分になると学生のレポートみたいに安易な引用や主張が多くて気になるのだけれど、潜在的な偏見を可視化しようとする実験的な方法だとか、いろんな研究の仕方があるのだなあ、とは思えた。