泣きやむまで 泣くといい

知的障害児と家族の支援からはじまり、気がついたら発達障害、不登校、子どもの貧困などいろいろと。関西某所で悩みの尽きない零細NPO代表の日々。

誰にもわからない

 就学先をめぐって当事者どうしが行う懇談の場は、先輩保護者の体験談が飛び交い、混迷を極める。そこらの支援者以上に状況の複雑さがわかっているから、みんな慎重にひとこと付け加える。安易な一般化はしない。でも、わが子に起きたことはひととおり話さなければ気が済まない。
 4月からの学校の状況はほとんどわからない。とりわけ地域の小学校はささいなことで大きく変動する。どんな担任なのか。1クラスは何人になるのか。クラスメイトはどんな子どもたちなのか。補助教員はつくのかつかないのか。4月からの状況が何年ぐらい維持されるのかもわからない。子どもも1年の間にどう変化するかわからない。いくら情報を集めたって、不確定で流動的な要素ばかり。結論は「後悔しないように精一杯の情報を集めて、決める」という真っ当で無難なものに落ち着いていく。
 支援者からの助言も、同じようなものだ。もう少し子どもについての知識を踏まえられるが、学校の未来について予測はつかない。指導的にも権威的にもならずに自ずと「当事者主体」の決定となるが、なんのことはない。支援者もわからないだけである。