泣きやむまで 泣くといい

知的障害児と家族の支援からはじまり、気がついたら発達障害、不登校、子どもの貧困などいろいろと。関西某所で悩みの尽きない零細NPO代表の日々。

江戸川区の異様な「便宜供与」について

 先日の江戸川区の「おやつ」の件についてはYahooニュースのトップページに載った以降、何も報道が続くことはなく、静かに世間からは忘れ去られようとしている。
「子供が水しか飲めなくなる」 学童のおやつ廃止で保護者反発産経新聞)※魚拓
http://megalodon.jp/2013-0303-1741-11/headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130227-00000551-san-soci
 報道された内容からは不明な点が多く、前回の更新では推測をもとにいろいろと書いたのであるが、江戸川区のお母さんたちが情報を発信してくださったこともあり(参照)、「おやつ廃止」に至る経緯や構造など、ずいぶん状況がわかってきた(「完全」にわかった、とまでは言えない)。
 率直な印象として「それはずるいよ、江戸川区さん」である。結論から言えば、おやつが廃止できる仕組みが、働く親たちにはわかりにくい形で早くから埋め込まれていたと言えよう。今後、他地域でも同様の方法が採用されていくかもしれないし、単純化された「平等」を盾にして必要とされるものが切り下げられていく、という意味では、社会保障をめぐる運動全般とも重なる話だと思うので、少し書いておきたい。
 まず以前に報道されていた内容を、短く復習しておく。江戸川区で「学童」に通う子どもたちに対して、行政が「おやつを出さない」と言い始めた。財政が厳しい中で、所得が低い家庭について肩代わりしているおやつ代と、その提供にかかる人件費を削りたいからということであった。それに対して、自分は「江戸川区の『すくすくスクール』の場合、『学童』といっても、すべての子どもが通える『放課後子ども教室』と一体的に運営されており、一般的な学童保育所とは事情が異なる」「子どもにとってのおやつは医学栄養学的に必要性が言われている」ことなどを書いた。
 その後、わかってきたことはたくさんあって、ひとつずつ説明するのは大変すぎる。最も重要と思えるのは、江戸川区の説明によれば「おやつの提供は親の自主運営であって、『すくすくスクール』は親からの委託を受けて便宜供与しているに過ぎない」ということであった。これでは、おやつの栄養うんぬんを論じてもほとんど相手にされそうにない。
 どうやら経緯はこうだ。まず「学童保育所」があり、授業が終わった後に登所してきた子どもたちはすぐにおやつを食べられていた。しかし、そこに保護者が働いていない子どもたちの通える「放課後子ども教室」の機能が加わったとき、「子ども教室」として通う子どもたちにはおやつが出ないことが問題となった。「親が働いている子どもだけにおやつが出されるは不公平だ」ということである。親が働いていないのならば家に帰って食べることもできるはずだが、結果として「子ども教室」の子どもたちがいる時間におやつは出せなくなってしまった。「子ども教室」は5時まで、「学童」は6時までなので、まずはおやつを食べるのを「5時以降」にして、「子ども教室」の子たちが帰った後に食べるようにした(前回、おやつを希望しているのは学童利用児童全体の3割程度というデータを書いたが、この時間帯なら3割になるのもわかる)。
 そして、いつの時点からなのかははっきりしないが(平成17年以降のどこか)、江戸川区としては「事業」としておやつの提供をしないので、親たちが「自主運営」としておやつを出しなさい、ということになった。念のため書いておくが、学童保育とは「親が働いている」子どものための場所である。当然「自主運営」などできないだろう。
 しかし、この場合「学童」は「すくすくスクール」の中で「子ども教室」と一体運営されているので、働いていない保護者も含めれば「自主運営」は可能だ。そして、「自主運営するならば、そこから江戸川区に委託をしてくれれば、便宜供与するよ」となった。要するに「自分たちがやらなければいけない義務はないが、おやつを提供してあげてもいいよ」という整理である。おやつはもともと学童保育の事業として出されていたのではなく、「親たちがすべきことを代行していた」もしくは「特別に手伝ってあげていた」のだ。
 この論理は、きっと学童に子どもを通わせている保護者にとっては意味不明だろう。だって、学童の職員がずっとおやつを用意して、提供してくれてきていたのである。それが「本来の仕事ではなかった」と言われて納得できるほどの説明があったのかどうかはわからないが(学童のしおりには「おやつは自主運営」という記述があったようだ)、江戸川区は「委託」と言いつつ「便宜供与」とも言っており、きれいな整理がされていたとは考えにくい。
 「委託」と「便宜供与」。このふたつの言葉はずいぶん意味が違う。委託契約(契約額0円)を「すくすくスクール」の保護者会のようなものとの間で結んでいるのか、書面上は何もない口約束の中での「特別なはからい(便宜供与)」なのか。「自主運営」するには、そもそも「おやつを出す」という事業運営の主体となりうる親たちの組織が必要となるはずだが、運営組織図などを見る限り「すくすくスクール」にはそのようなものがあるとは思えないので、想像では後者だろう。
 おやつを希望する子どもの人数に応じて食品を注文して、その日の子どもの人数に合わせて用意して(レンジ調理など含む)、食器も洗って、出てきたゴミの処理もして、在庫管理や期限切れ食品の処分もして…などの作業をして、おやつ代として1700円を徴収しながら、それは単なる「特別なはからい」だったと言われて、「そうですか。そんなに無理して頑張ってくれていたのですね。ありがとうございます」とは言えまい。どう考えても、客観的には「業務」としか見えない。
 これもその後わかったことだが、削減される「人件費」について、江戸川区は特に「おやつにかかる人件費」という説明をしていない。次年度に「すくすくスクール」で削減予定の人件費全体であると言う。ただし、おやつを無くすことで人件費はかなり削ることができるはずなので、前回に自分が書いた数字はそんなに的を外していないのではないか、と今も思う。73か所に及ぶ「すくすくスクール」での「便宜供与」を無くすことによって、予算は1千万単位で削れる。そんな大きな「便宜」があると信じられるだろうか(たぶん、だからこそ「全体として」4500万円の人件費削減になる、としか言わないのだろう。もともと「仕事」ではないのだから、おやつに関して削れる人件費は1円もない、ということ)。
 「自主運営」であるはずの「おやつ」に対して、低所得家庭向けの全額助成をしてきたというのも意味不明だし、もし「委託」なのだとしたら、破格の0円契約をなぜ結んできたのか、が問われる。たぶん他に受託してくれる団体は現れないであろう。
 「『学童』の子だけにおやつを出せないというならば、すべての子どもたちにおやつを出してはどうか」という声に対して、江戸川区の教育長は議会でこう答弁している。

 事業としてやめるやめない以前に、それは保護者の方々の自主運営の事業だっていうふうに、われわれは考えているわけでありまして。だから「補食の廃止」ということではなくて、それは従来通り、やっぱり保護者の方々が、自ら考えていくべきことだということで、その「便宜供与の部分をやめる」と、いうことでありますので、そのことを踏まえて、保護者の方々に考えていただければいいことではないかと? いうふうに思っております。
 事業としてですね、今回見直しをかけたのは、その補食を受けている子どものですね、小学校3年までの学童の子どものうち、所得の低い方、就学奨励にあたるような所得水準の方に対して、まあそのおやつ代を助成をしていたと、いうことでありますので、このことについては特定の方々で、希望する方々だけに対する助成ということになっておりました。そのことを、今回の見直しの中で改めたということで、これは廃止するということでありますので、ご理解をいただきたいということであります。
ですから自主運営でやっている事業でありますので、先程、「(すくすく)全体に」というお話もありましたが、それはやっぱりお母様方が、もしそういうことを考えるんであれば、決めていかれることじゃないかというふうに思っているわけでございます。

 こうして保護者は分断される。今の時点でおやつを食べている子は、保護者の迎えが17時を大きく過ぎた時間になる家庭だ。それは「すくすくスクール」全体の登録児童の中ではごく限られた割合に過ぎない。データからみると、おそらく5%程度だろう。学童保育として実施してきたものを「全児童」に対して受け入れ拡大することで、学童保育所に通う子どもは「特別な便宜を受けている子」とされ、おやつを求める保護者も「特別な一部の保護者」とされ、「保護者の総意とは違う」と片付けられる。
 当たり前に必要とされていたものを、より大きな全体の中に置いて見せることで、「特別なはからい」であるという批判をあえて喚起させる、という方法は、決して珍しくないだろう。それを「既得権だ」と言えば、いっそう人々の支持は受けやすい。だから、誰かのための支援を「みんなのためのものにするよ」と行政が言い始めたときには、用心深くしなければならない。
 「すくすくスクール」がはじまったとき、学童に子どもを通わせる保護者たちはどのぐらい警戒したのだろうか。そして、その警戒感は親たちの間で伝承されてきたのだろうか。開始されたときの子どもたちはもうずっと大きくなって、高校生ぐらいか。フルタイムで働く親どうしの縦のつながりを作るのは簡単じゃないはずだ。
 保護者の就労に関わらず、子どもの放課後の過ごし方は重要であるから、他地域でもこれから十分にありうる話。「放課後子ども教室」の行方を注視しておこう。そして、今回の件について、どうしても良い方向に事態が進みそうにないならば、江戸川区は「子どもがおやつを家から持参してくる」のを見逃す、というささやかな便宜を供与するとよいと思う。もちろん皮肉。