泣きやむまで 泣くといい

知的障害児と家族の支援からはじまり、気がついたら発達障害、不登校、子どもの貧困などいろいろと。関西某所で悩みの尽きない零細NPO代表の日々。

似ているところと似ていないところ

 毎日暗い気持ちが続く中で読んだ。
僕が社長になってはじめてわかったいくつかの大切なこと。または川上さんから学んだこと
http://d.hatena.ne.jp/shi3z/20101211/1292015284
 世の中の先端を行く企業の社長さんの書かれたことであるけれど、予算規模2500万円程度の零細福祉NPOの自分でも共感できる部分がたくさんあることに、少し驚く。
 経営者としてもはや自信を喪失しきっている自分として、うちはうちとして合理的にやってこられた部分も多かったのだなと振り返った。
 職場の部下や後輩ではなかったけれど、ボランティアグループの後輩を誘って法人設立した。そのおかげでやってこられた部分は大きかったように思う。福祉施設で事務職としてほとんど就職が決まっていた彼女が「がんばってみたい」と言ってくれなければ、他の誰かと最初の数年を乗り切れはしなかっただろう。
 ヘルパーとかコーディネーターとしての業務に集中してもらおうと思ううちに、雑用というか大量の事務や細々とした仕事はだんだん自分に集まってきていた。学生スタッフに差し入れのお菓子買いに行ったりする自分は、きっと「暇そう」に見えていたことも多かったと思う。
 スタッフに「命令」なんて全然できなかった。まさに「おねがい」とか「相談」だった。立場の弱さから、気持ちよく仕事してもらうことに留意していた。ボランティアといっしょに長く活動してきた自分としては、それにあまり違和感がなかった。ボランティアの共感性とか自発性を引き出すのが大事な仕事と思っていたし、「雇用」になっても、あまり変わらない部分があった。
 「理念」はNPOにとって不可欠なので、当然はじめから強調してきた。理念がないのに、ボランティアグループがNPOになんてなろうとするはずがない。理念は、スタッフにとって、誇りにつながっていると思う。たぶん。「夢」もそうだ。設立から数年が経ち、もっと遥かによい条件のもとで働くことができたのに「うちで仕事をしてほしい」という要請に応じてくれた学生は、きっと他にはない夢を求めて飛び込んできてくれた。次年度に採用予定のスタッフもそうだ。
 資金ぐりの話などは、重ならない部分も多いけれど、でも自分の給料を会社に投資とかすることが民間企業でもあるんだ、というのも恥ずかしながら知らなかった。うちでも同じようなことをずっと考えてきたし、そのようにできる備えもしてきた。危機が訪れても、返せる当てのない「借金」に頼らずに済むように。
 こんなふうに共通項を見出しつつも、決定的に違うのは、自分が院卒で大して仕事もできないままにいきなり法人代表となってしまったツケがどんどん大きくなっている不幸と、仕事の進め方について「スタートアップ」時と現在の状況が大きく変わっていないという進歩の無さである。
 対人援助に携わるNPOの代表者は、まず優れた支援者であるべき、と思う。頭でっかちではなく、人と関わる知識や力量が高くなければ、理念ばかり語っていても「で、お前には何ができるんだ?」となる。最近は、とりわけこのプレッシャーが甚大で苦しい。対利用者スキルも対スタッフスキルも足らずに、追い詰められる。
 組織が少し大きくなれば、ときに強いリーダーシップだって発揮できなければならないはずだが、ずっと「おねがい」「相談」でやってきたので、いまだに「命令」ができない。自分自身に「お前、大した支援者でもないのに、何を偉そうに言ってんだ」と思えてならない。経営上の重要な意思決定はさすがに自分でするが、他はスタッフの顔色ばかり見ている。そのことがときに人を苛立たせもする。また、雑用も多くなりすぎて、大事な仕事に集中できていない。といって、人を雇う金もない。
 違う点をもうひとつ。「社長」を続けるのは難しいのだろうが、我々はむしろ経営者の立場を降りることが難しい。誰かが「経営不振だから辞めろ」と言ってくれるわけでもない(可能性としてはありうるが、小さなNPOでは考えにくいだろう)。組織を売却したり、つぶしたりすることも難しい。一度できた福祉NPOは簡単には無くならないし、無くせない。既にその組織のおかげで生活が成り立っている人々がたくさんいるのだから。経営者は「カッコわるい」まま、ひたすら齢を重ねていくことになる。
 リンク先の文章を書かれた社長さんは自分と同い年。創業(法人設立)も同じ2003年。ある部分は似たようなこと考えつつ、人生の行方や自尊心はかくも異なる。