泣きやむまで 泣くといい

知的障害児と家族の支援からはじまり、気がついたら発達障害、不登校、子どもの貧困などいろいろと。関西某所で悩みの尽きない零細NPO代表の日々。

決して変わろうとしない人たち

 全国的な動向はわからないが、学童保育の指導員の質にうんざりしている。
 この日記でも何度書いたことだろう。しかし、いくら書いても書き足りない。ずっと状況の改善のためにかなり努力している。今日も指導員の会議だった。うちが加配派遣の委託を受けている2箇所のうち、1箇所はこの8月前後から穏やかに進みだした。しかし、もう一箇所がなかなか変わらない。対話を繰り返しても、はっきり言ってプロとして仕事をしている人と話している気がまるでしない。そのへんのおばちゃんである。いや、そのへんのおばちゃん以下のようにも思えてきた。
 面倒なことはやりたくない指導員と、熱意あるうちの加配。障害をもつ子どものために特別な配慮はしたくない指導員と、障害をもつ子どものための環境を実現しようとするうちの加配。全体の秩序だけが大事な指導員と、個々人にとっての快適さを大切にしたい加配。差が大きすぎる。昨年度は指導員の顔ぶれが100%違っていたので、良い環境が実現できていた。人が一気に全員変わって、この有様。子どもたちをいかに無難に管理するかしか頭にない。大規模化は全国的な問題らしいが、どこもこんな感じなのだろうか。知的障害をもつ子どもにとっての問題ではなく、他の子どもにとっても問題が多い学童になってしまった。他の子どもたちもみんなうちの加配のところに集まってくる・・・。そんな話をしても聞く耳なし。指導員間の重苦しいムードに加配もずいぶんへばってきて、調整担当として不安でたまらない。子どものことで悩むならともかく、大人対大人の関係でこじれて苦しむのは本当にばかばかしい。
 一方で、待機状態になっていた障害児学級生の加配として担当課に紹介したアルバイトは、子どもの言語発達のことまで考えて仕事をしていた。下手をしたら、障害児学級の担任より優秀かもしれない。紹介してよかった。アルバイトは子どものことをよく考える者ばかりなのだ。寛容さがないのは嘱託指導員ばかり。なぜだ。
 その他、知的障害をもつ人にとって「わからない」とか「痛い」とかいう意思表示が難しいということは、いかに余計な負担を本人にかけることになるか、を改めて実感できる事例に続けざまに遭遇した一日。知的障害と周囲には思えない人が、実は明らかに知的障害ということもある。わかっていないのに、周囲から「きっとわかっているはず」と思われることは、たくさん損をする。「自分はわかっていない」と言えることも、またひとつの能力である。