泣きやむまで 泣くといい

知的障害児と家族の支援からはじまり、気がついたら発達障害、不登校、子どもの貧困などいろいろと。関西某所で悩みの尽きない零細NPO代表の日々。

[近況]あれこれ

 状況に大きな変化はなし。軽度発達障害児の支援に詳しい人と知り合えたので自分のところで雇いたかったのだが、いろいろあって行政のほうで学童の嘱託指導員として雇う方向に展開しそう。自治体としてはよく努力しているが、いびつな制度設計であるがゆえに、当の自治体職員も含めて皆が苦労している。もちろんすべてを構造的な問題とは言わないが、養護学校生の加配がNPOから派遣される一方で、障害児学級生への加配はつけられない(しかし、現実的にはつけないと対処できない)というのは、どう考えても不自然。必要な支援を必要なときに利用できれば、それでよいのに。通っている学校で使える支援を分けるから、こんなことになる。すぐに修正すればよいと思うのだが、簡単に制度設計のミスは認めないのが行政。認めると、そのまま制度の良い部分まで含めて崩壊させようとする圧力が働きかねないのもまた事実なのだ。
 サマースクールは引き続き、開校中。さすがに真夏の屋外プールは気が遠くなりそうだった。新人学生スタッフたちは順調に育っているが、ベテランスタッフとのチームワークはまだとれていない。長年やっているのに、活動をはじめて間もない後輩の気持ちに配慮できない上級生集団を見ていてイライラする。みんな子どもの方しか向いていない。それだけでいいではないかと開き直るならば、多くの支援者を巻き込んでいくことなどできない。今は常勤職員のコーディネーションがあるから、かろうじてもっている。明日、学生スタッフの新旧代表と秋以降の展開について議論。ケアワーカーとしての資質に満ちた学生はこれほどたくさんいるのに、コーディネーターの資質がある学生がこれほど見当たらないのは、なぜなのだろう。
 軽度の知的障害児の保護者から「来年度あたりから家庭教師になってくれそうな学生を紹介してもらえないか」という話が出て来た。このような要望はこれが2件目。たぶん都市部ならビジネスとして十分に成立する。発達障害に配慮した塾や家庭教師の需要が高いのはわかっている。しかし、田舎でやろうとすると、とても中途半端。新規に人が雇えるほどにもならず、少ない職員で事業の数ばかり増える。1名とか2名の利用者しかいない事業をすでにいくつか行っているが、利用人数が少なくても費やすエネルギーはそれに比例して小さくなるわけではない。地域内に役割分担ができる資源がなければ、あれもこれもすることになり、少数の職員がますますマルチプレイヤー化する。その結果、仕事のノウハウが属人化されて、次世代の担い手も育ちにくい。だからこそ、柱となる事業の収益性は高く保てなければつらい。こうしてやはり法人としては移動支援事業の報酬単価にこだわりたくなる。
 地域生活支援事業に移行せず個別給付として残った通院介助には身体介護を伴う/伴わないの区分が残るらしいが、場当たり的で一貫性のない制度設計にはもはや笑うほかない。知らぬ間に地域生活支援事業の要綱も出されていたが、まったく大ざっぱな内容で、自治体が国事業のような面倒な仕組みをわざわざ作っていくとは考えにくい。このままいくと、重度軽度の2人の利用者に対して通院を支援するとそれぞれ報酬に差が出るのに、他の場所への外出を支援すると報酬には差が出ないわけだ。いったいどんな合理的説明ができよう。区別には障害程度区分も活用するらしい。移動支援事業への影響も考えられなくはないが、今さらとも思う。
 お盆はどうやら明日の夜から20時間ぐらいの帰省になりそう。相変わらず続く親不孝。2連休がとれなかったのは残念だが、気分転換のために作成した新デザインの名刺がとてもかわいくできたので、少しだけ幸せ気分にひたっている。我ながら名刺作成ソフトなどを購入せずに作ったものとは思えない。格安のオリジナル名刺作成サービスでいくらか稼げないだろうか、などと気がつけば考えるのはやはり金のことばかり。