泣きやむまで 泣くといい

知的障害児と家族の支援からはじまり、気がついたら発達障害、不登校、子どもの貧困などいろいろと。関西某所で悩みの尽きない零細NPO代表の日々。

排除の条件

 2週間ぶりの更新。パソコンの故障と院ゼミ発表準備と子どもたちの夏休み突入準備で全く余裕がなかった。つい先ほど、院ゼミ発表を終えて、ものすごい開放感にひたっているところだけれど、この2週間にもいろいろあった。それも楽しくないことばかり。
 すぐに思い出されるのは昨夜の養護学校評議委員会。この養護学校区内の福祉施設の情報がばんばん入ってくる。自立支援法施行の影響で通所施設が重度の行動障害をもつ卒業生の受け入れを拒否しはじめているそうだ。高等部の部主事いわく「以前はこの地域の子どもは卒業後には当然この作業所で受け入れてもらえるという場所があった。契約制度に移ってそれがなくなった」とのこと。措置から契約へのスローガンが叫ばれ始めた当初、それほど劇的な変化は見られなかったはず。ここに来て自立支援法に運営を追い詰められた事業所が方針転換をはじめたのだろう。
 ちなみにうちの法人所在地にある通所施設のトップも評議委員仲間。その施設も来年度から卒業生受け入れをストップすると宣言した(ただし障害程度は関係なし。もともと定員をはるかに超える利用者を毎年受け入れ続けてきた全国的にも少し名の知れた法人)。もちろん経営のリアルな話も出てくるのだが、惨憺たる様である。そこは法人全体で6000万円の減収。50歳以上の職員は全員嘱託職員になり、グループホームをすべて下宿屋にでも変えようかという話まで出ている。
 高等部部主事の話は続く。「特に卒業後の利用を拒否されるのは、自閉症など行動障害の激しい子ども。養護学校ではTEACCHプログラムに基づいて構造化に熱心に取り組んできた。しかし、施設は養護学校の十分の一ほどの予算の中で集団の支援にならざるをえず、個別性の高い支援ができないので、受け入れが難しいと言う。こうなってくると、養護学校の教育方針そのものを卒後のために変えていかなければならないかもしれない。」
 念のために書いておくと、「構造化」というのは平たく言ってしまえば、ひとりひとりの子どもにとってわかりやすい環境を作っていこう、というプログラムのことで、特に自閉症の子どもへの対応として強く支持されている。多くの子どもは時間やスケジュールの見通しが立てられなかったり、環境の変化に弱かったり、言語的コミュニケーションが苦手だったりする。それもひとりひとり特性が違うため、養護学校では特定の子どもがクールダウンするための小さな部屋を確保したり、パーテーションで空間をくぎったりという配慮までやっている。多くの施設でこういう努力が困難だと言いはじめているということ。
 進路先としての福祉施設に期待ができなくなった養護学校の危機感も相当なもので、いったい自分たちに何ができるのかと悩んでいる。何もできるはずがない。結局は福祉サイドに受け入れをお願いすることにしかならない。しかし、無理な受け入れをして施設そのものが破綻することも恐れている。どこかが無理をして何とかなるような事態ではないのである。構造改革で福祉が切り詰められて、次は子ども1人あたり900万円という数字が一人歩きしていく養護学校が標的にされるのではないか、という危惧まで出ていた。それもありえない話ではなかろう。
 同じく昨日の話になるが、夏休み中の養護学校生の学童保育の利用について学童の指導員と話す。「子どもたちのお昼寝の時間に○○ちゃんがうろうろすると他の子が眠れなくて困る」「お昼寝が終わった後、みんなが完全に起きたぐらいの時間から来てほしい」と、ありえない要求(確認するが、保護者の就労保障を目的としている「学童保育」の話)。この人たちが一方では「他の子どもたちと同じように○○ちゃんに接していきたい。○○ちゃんも学童の一員。」というのである。総論賛成各論反対。そして、強要される社会性。先の通所受け入れ拒否の話とも重なる。多数派も少数派も共存できる場をめざしますよ、けど少数派が多数派に合わせられる限りにおいてね、という矛盾。そもそも少数派であらざるをえないのはなぜだと考えているのか。
 無条件にNOと言う排除はない。いつでも条件をつけた上ではじきだす。条件をつけてもよいという仕組みがどうしてこれほど多いのだろう。現場での悪い条件づけが可能な仕組みを認める政策は、全体としていくら共生を叫ぼうとも排除に加担しているに等しい。