泣きやむまで 泣くといい

知的障害児と家族の支援からはじまり、気がついたら発達障害、不登校、子どもの貧困などいろいろと。関西某所で悩みの尽きない零細NPO代表の日々。

[読書]備忘メモ

水上英徳(2004)「再分配をめぐる闘争と承認をめぐる闘争 −フレイザー/ホネット論争の問題提起−」『社会学研究』第76号、29-54。

 フレイザーによれば、再分配と承認の二者択一図式は否定されねばならない。
(中略)
 政治理論の領域でフレイザーが追求しているのは、不均衡分配と誤承認を同時に是正し、また再分配と承認がともに要求されたときに生じうる相互侵害を最小限にできる、改革の方向である。
 フレイザーはまず、再分配と承認のさまざまな是正策を肯定(affirmation)と変革(transformation)の二つの戦略に区別している。両者の違いは、不正を生み出す社会構造が改革の対象になるかどうかである。肯定的戦略はそうした社会構造に手を付けないが、変革的戦略では社会構造それ自体の再編が目指される。再分配に関し肯定的戦略の典型例はリベラルな福祉国家であり、変革的戦略の古典的例は社会主義である。承認については、肯定的戦略の一例は主流派マルチカルチュラリズムであり、変革的戦略の一例はフレイザー脱構築と呼ぶものである。主流派マルチカルチュラリズムでは、貶められている集団のアイデンティティを再評価することでご承認を正そうとするが、そのさいこのアイデンティティの内容や集団の分化そのものは問わない。これに対し、脱構築では、既存の集団の分化や地位の区別を自明視せずそれを不安定にし、すべての人びとの自己アイデンティティを変えようとする。
 フレイザーは肯定的戦略よりも変革的戦略が望ましいと考えている。というのも、肯定的戦略では、不正の根本原因を除去できないばかりか、別の不正を生み出しかねないからである。福祉国家の再分配は受給者に対する誤承認のバックラッシュを引き起こしうるし、主流派マルチカルチュラリズムは排他的な分離主義や抑圧的な共同体主義をもたらしかねない。
 ただし、変革的戦略はその実行に困難がある。というのも、フレイザーによれば、変革的戦略は既存のアイデンティティや利害関心から離脱することを人びとに求めるからである。不均衡分配をこうむっている人びとの多くは、社会主義的なプランニングよりも所得移転によって直接の利益を得ようとし、したがって社会主義の変革的戦略は人びとのそうした利害関心からかけ離れている。同じく、誤承認に苦しんでいる人びとは、軽視されている自分たちのアイデンティティを肯定することで自尊心を得ようとする傾向が強く、そのため脱構築の変革的戦略を受け入れにくい。
 この袋小路に対してフレイザーが提起するのが、肯定的戦略の実行可能性と変革的戦略のラディカルな特性を結びつけた「非改革主義者的改革(nonreformist reform)である。フレイザーが注目するのは、肯定的戦略に見える是正策もそれが徹底して継続的におこなわれるなら、コンテクストによっては変革的効果を持ちうることである。非改革主義者的改革は、一方では人びとの直接的な利害関心を満たしアイデンティティを保証する肯定的戦略であるが、他方では将来のよりラディカルな改革に道を開く。その一つの具体例としてフレイザーは無条件のベーシックインカムを挙げるとともに、再分配の非改革主義者的改革として、戦後の西欧諸国の社会民主主義的改革を超国家的水準で追及することを提起している。また承認の非改革主義者的改革としては、集団の区別がそもそも抑圧的でないばあいには、参加の同等の阻害要因を除去したうえでその集団の区別を保持するかどうか自由に決定できるようにすることが求められる。

 ここ最近の障害者福祉政策をめぐる各種団体の運動の動向を見るかのようだ。