泣きやむまで 泣くといい

知的障害児と家族の支援からはじまり、気がついたら発達障害、不登校、子どもの貧困などいろいろと。関西某所で悩みの尽きない零細NPO代表の日々。

記録

 空き時間に論文を読む。
 狭間香代子(2005)「社会福祉実践における記録の方法」『社会福祉研究』第92号,30-37.
 1-1では、実践過程において、記録が単なる情報の保存にとどまらず、実践を評価させる機能を持っていることを指摘して、実践過程における評価の方法として記録を位置づけ直す。?-2では、外部評価におけるアカウンタビリティの重要性という観点から記録を考察する必要を示す。
 2-1と2-2で、先行研究に基づいて、記録の機能や目的、方法を整理。そして、数量化されたものを重視した記録と質的な記述を重視した記録それぞれの長所・短所を論点として提示。
 3では、先行研究に基づき、実践においてアカウンタビリティを果たすべき対象とその責任の内容を分類し、それらがいかに記録の内容を左右するかについて論じる。さらに、アカウンタビリティを「評価」との関係において、サービスの「有効性」に関するものと「効率性」に関するものに区分し、前者を実践過程の評価という「ミクロ的評価」、後者を外部評価という「マクロ的評価」として把握。この両者の結びつきが重要であるがゆえ、記録について施設や機関に期待されることとして?外部に対するアカウンタビリティと利用者のプライバシー保護のバランスをとること、?施設や機関の方針に従う形で記録の方法や活用法を示すこと、?記録に関する時間管理を工夫すべきこと、を言う。そのためには、個性記述的な記録と標準化された項目式記録の両方が大事だ、とも言う。
 4では、唱えられて15年経つがいまだに成果の上がらない「実践の科学化」の重要性から、記録を再考。社会調査における〈量的調査/質的調査〉〈仮説検証型リサーチ/仮説生成型リサーチ〉などを説明して、記述的な記録に基づいて質的調査を行なうことが実践の科学化に貢献しうることを主張しつつ、最終的には量的なものも質的なものも「併用」することが大事だ、という無難な結論に至る。
 内容的には、表題のような「記録」の方法一般に関する論文というよりも「社会福祉実践においてアカウンタビリティを果たすためには、どのような『記録』が必要か」についての論文という印象。アカウンタビリティ概念を広範に用いることで、さまざまな種類の記録を同じ目的の中に束ねることには成功しているように思う(アカウンタビリティ概念を用いていない?が少し浮いてしまっている気はするが。?までで言いたいことは言ってしまい、?は「おわりに」兼「やっぱりグラウンデッドセオリーすばらしい宣言」という感じ)。ただ、記録とアカウンタビリティとの関係を論じ始めてからは、当の実践者自身に対して臨床的記録がもつ機能にはあまり触れられなくなってしまった。
 注で紹介されていた本が少し気になるので、忘れないように残しておく。

介護福祉のための記録15講

介護福祉のための記録15講