泣きやむまで 泣くといい

知的障害児と家族の支援からはじまり、気がついたら発達障害、不登校、子どもの貧困などいろいろと。関西某所で悩みの尽きない零細NPO代表の日々。

学ばせたいのは「役に立つこと」か「ただわかること」か「わかる喜び」かそれとも

 中学校の学校開放があるというので、支援学級を見に行ってみる。
 50分にわたって、一問も解けないプリントを前に放っておかれる生徒。教員は板書した問題を他の生徒が解くのにずっと付き合い続けている。途中で近づいてきて1分くらいだけ指導するが、やはりわからないので教員が離れたらまた同じ状態になる。複数名の生徒がやらされているのは、みんな同じ問題である様子。まったく学力のレベルが違うのに。
 何がひどいって、これは学校開放日の出来事であり、その保護者も見に来ているわけである。子どもがあまりにほったらかされているので、保護者は生徒のところまでちょくちょく足を運んで、プリントの内容とか確認している。にもかかわらず、教員は取り繕おうとする様子さえない。こんなものだと開き直っているとしか思えない。
 加えて、教室の後方ではひとりの生徒が別の科目の指導をマンツーマンで受けているという混沌っぷり。ずっと後ろから別の科目の指導が聞こえてくる異様さ。もはや障害特性に合わせた環境づくりがどうのこうの言う以前の問題である。保護者からは「lessorさんところの学生ボランティアのほうがちゃんと教えてくれると思う」と言われる。うちで塾なり家庭教師なりをやったほうがいいのか、と一瞬だけ思い、いやそれをしたら日本的な教育システムの思うつぼだと思い直す。が、このままほっておくわけにもいかない。これからどうしたものか。
 中学の支援学級とはこれまでほとんど接点がなかった。3つの学年が2つのクラスにおさめられていて教員は科目別にいる。子どもの発達もバラバラ。同じ学級の中でもそれぞれの学力や特性にあった課題や環境を個別に用意し、子どもが自立的に学ぶ時間と指導者からマンツーマンで学ぶ時間を分けて、時間差つけて指導者がまわっていくようなやり方がすぐに浮かんだが、もちろん個々の教員に求められる力量は高くなる。小学校低学年から中学校ぐらいまでの教材を大量にストックし、個々の実力に応じて用意しなければならないし、そのようなことのできる教員が科目別にいなければいけない。
 どれほど学校の一般的な授業が「およそ同じぐらいの学力をもったとみなされず全体に向けての説明」に多くの時間を費やして成り立っているのかがよくわかる。民間の個別学習塾のほうが教え方のノウハウを持っていたりするのかもしれない。
 教科の学習以外のことなんて、もっとできていないのだろうなあ…。ここで少しばかり算数や国語ができたところで、彼らの今後の人生にとってどれほど役に立つ知識になるのかよくわからない。社会の側が彼らに求める知識はもっと違うものじゃないかと思うのだけれど。知的障害をもつ子どもたちにとって受験のための勉強なんて意味はない、と考えたら、残るのは職業教育か。それもまた偏っている。一般的な受験コースに乗らない子どもたちに対して中学校教員が勉強を教えるモチベーションって、どこにあるのだろうか。
 「社会のため」に「役に立つこと」ではなく、ただ「知ること」「わかること」「できること」を純粋に追求するのは、「学問」ならば望ましいようにも思える。しかし、それが障害児に適用されると、なぜだか単なる教員の意地でしかないように見えてしまう。つい先日も、文字も読めずひらがなの意味も理解していない子どもに名前を書かせようと支援学校の教員が必死になっていた。
 「知ること」「わかること」「できること」が「喜び」につながるかどうかがひとつの境目かな、と思いつつ、事後的にしか実感できない喜びもあるから、きっと教員は意地になる。喜ぶほうに賭けて、子どもに無理をさせてしまう。けれども、その賭けはあまり成功しているように見えない。だから、子どもは何を知りたいのか、何をわかりたいのか、が能力とは別に大事にされてよいのだと思う。