泣きやむまで 泣くといい

知的障害児と家族の支援からはじまり、気がついたら発達障害、不登校、子どもの貧困などいろいろと。関西某所で悩みの尽きない零細NPO代表の日々。

「利用者のため」が虐待に行きついたとしたら

 業界関係者には、それなりに衝撃が走っているのではないか、と思う。
障害者施設で虐待か 長崎県が処分
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20150226/k10015779301000.html
 世間は「また虐待か」ぐらいの印象かもしれないが、その障害者施設の運営法人が「南高愛隣会」である。「誰もが優良企業と思ってきた会社の不祥事」ぐらいの意味をもっている。「マクドナルド」や「ワタミ」が事件を起こすのとは、わけが違う。

 改善命令を受けたのは、障害者の生活援助や就労支援を行っている雲仙市社会福祉法人、「南高愛隣会」です。
 長崎県によりますと、この法人が運営する雲仙市などの4つの施設で、平成17年ごろから平成24年にかけて、▽興奮状態になった男性の利用者を職員が馬乗りになって押さえつけあばら骨を折るけがをさせたり▽宿直の男性職員が障害のある女性利用者に複数回にわたって性的虐待を行ったりしていたことが分かったということです。

 「南高愛隣会」は、サイトを見に行ってもわかるとおり、単に歴史が長いだけの大きいだけの法人ではなく、累犯障害者の支援など、先駆的な事業にも取り組んできたトップランナーである。
 先代の理事長である田島良昭氏が、規制緩和・自由競争賛成、税方式ではなく障害福祉社会保険方式で財源確保を、というスタンスの方だったので、介護保険以降の福祉業界について「民間企業が入ってきて、食い荒らされた」という考えの人たちにはあまり好意的に捉えられておらず、今回の事件に対しても「そら見たことか」と言いたい人もいるだろう。が、政治的な立ち位置はともかく、トップの支援理念としては高いものをもって、実践を続けてきた法人と思う。
 何が虐待を招いたのか。きっとこれから検証がなされていくのだろう。「興奮状態になった利用者に馬乗り」なのだから、支援技術の不足は必ず指摘される。他の側面から見ると、最近メディアでの発信が多い藤田氏が、職員の労働条件から既に論じている。
障害者施設における虐待事件はなぜ起こるのか―福祉労働者の視点から考える―(藤田孝典)
http://bylines.news.yahoo.co.jp/fujitatakanori/20150227-00043399/

私たちのNPO法人のもとには、生活相談と同時に、労働相談も寄せられる。
福祉・介護施設における労働者からの相談は非常に多い。
パワハラを受けている」
「ストレスから虐待をしている職員を見た」
「賃金が安すぎて生活できない」
「人手不足からやってはいけない身体拘束をしている」
これらはごく一部で、その凄惨さは枚挙に暇がない。

 慢性的な人不足は自分に身近なところにもあり、この南高の求人よりも月給にして数万円はよい条件でも全く応募がない、なんてことも珍しくない。それでも、人員の配置基準は満たさなければいけないので、誰でもいいからとにかく雇うしかない、となり、全体として支援の質が落ちていく、ということは十分にありうる。とりわけ田舎では、人が集まりにくい。同じような仕事をするなら、便利な都会でやりたい、というのも自然な感情だろう。田舎の法人は労働市場に向けて、自分たちのセールスポイントをはっきり示していく工夫が求められている。
 ただ、今回の場合、もうひとつ指摘しておきたいことがある。おそらく「このままいくと組織として危ない」という予兆は内部にもあったのではないか。これもまた業界ではよく聞かれるような話になる。前理事長が退任した際に、現理事長が職員に向けたあいさつがホームページに載っている。
田島光浩理事長のページ
http://www.airinkai.or.jp/coloney/aisatsu.html

・・・この36年間で、南高愛隣会は、障がい福祉の分野で確固たる地位を築いてきました。しかし、時代が変わりました。措置の時代から契約の時代へ。利用者も変わりました。知的障がい者だけではなく、精神障がい、発達障がい、あるいは罪に問われた障がい者の方々等、多種多様な障がいのある方が私たちの前に現れます。さらに、法人の規模が変わりました。設立当時は数十名の職員から始まりましたが、今では職員数が500名をこえる集団になっています。そして、この度、田島良昭前理事長が退任されました。時代が変わる中、私達はこれからも変わらず「南高愛隣会」であり続けるために、常に変わっていくことが必要になっています。職員の皆様にもそのことをぜひ再認識していただければと思います。 ・・・

・・・「幸せを実感できるようなサービスの提供」に向けて、これから私が取り組んでいこうと思うことがあります。
1. 職員を大切にし、働きがいのある職場にします
 職員への情報公開を行うこと、職員同士の絆を取り戻すこと、仕事を定型化し取り組み方を変革すること、これらのことに力を入れていきます。今まで、南高愛隣会は利用者のことばかりで、職員のことを考える機会が少なかったのではないかと思います。私は、職員の皆さんが本当に身を焦がして仕事ができるような働きがいのある職場にしたいと思います。・・・

 高い理念をもった小集団が、利用者のためにと自らの生活も省みずに懸命な努力をして、次々と施設やサービスを生み出していく。組織がどんどん大きくなるのに、それに人材や労働条件が伴わない。個々の施設や事業の状況にどんどんトップの目が行き届かなくなる。若い頃は勢いで働けていた職員が、次第に疲弊して辞めていって、中堅の職員がいなくなる。そうして新たに雇った職員には支援理念が浸透せず、組織の一体感がどんどん失われていく。
 利用者のためと邁進してきた結果が、目の行き届かないほどの大きな支援組織を作り出してしまい、最後には利用者を傷つけてしまう、という皮肉。そのような組織を自分と年齢がひとつしか違わない理事長がこれから建て直していかなければいけないのだと思うと、同じ経営者として震える。
 近隣でもよく似た状況の組織を知っているが、そこも利用者のためにとよい支援を続けていた。経営本位の法人よりも間違いなく良い支援ができていたし、必要な社会資源を生み出し続けてきた。しかし、組織の発展が追い付かない。では、通う場・働く場・住む場のない当事者を前に「組織が整わないので、もっと時間をください」と言えばよかったのか。そんなこと言えるはずもなかったろう。
 国の施策としては、社会福祉法人をどんどん大規模化していく流れにあると思う。大きな組織のほうがスケールメリットを活かしやすいし、全体としてかかるコストも抑えられる。内部留保はよくないと叩かれ、利益はさらなる事業へと投資するように求められるようになりつつある社会福祉法人改革。しかし、ひたすらニーズに応じて大きくなることのリスクを本当に考えられているだろうか。だんだん大きくなってきた自組織にとってもそろそろ他人事ではない。