泣きやむまで 泣くといい

知的障害児と家族の支援からはじまり、気がついたら発達障害、不登校、子どもの貧困などいろいろと。関西某所で悩みの尽きない零細NPO代表の日々。

「親たち」が自由になるための本

 本の紹介をしたい。著者は「障害のある子の親」であるが、以下に書くことは少しだけ読み替えれば「障害児者の親」に限らず「親」一般にも当てはまる部分が多いだろう。書名が「障害のある子の親である『私』」ではなく、「障害のある子の親である『私たち』」となっているのはちゃんと理由がある。著者がつけたのか出版社がつけたのかはわからないが、ここに込められた大事なメッセージこそがこの本の大きな価値だ。

障害のある子の親である私たち

障害のある子の親である私たち

 障害児者の親が書いた本は他にもたくさんある。親が書いた本に救われた経験をもつ親もいる。
 子どもを産み、育てる過程での不安、ショック、悲嘆、自責。それらはひとりで抱え込むにはあまりに重く、誰かの支えを必要とする。自分のような支援者もその一員ではあるが、自分は障害児者の親ではない。同じ立場や境遇の者と経験を共有することは、「障害」についての専門家から受ける支援とは違う種類の救いをもたらす。
 狭い意味での障害福祉サービスや障害児教育がいくら充実しても、それだけで子育てがしやすくなるわけではない。障害児者を育て、ともに生きていくという未知の体験を続けていく中で、親にはずっと戸惑いや悩みがついてまわる。そこで「私も同じように悩んでいる」あるいは「その道は私もかつて歩んできた」と言ってくれる親の存在は大きい。
 こうして「親どうし」の関係を重視する支援の形が生まれる。「親が書いた本」もその一種であるかもしれない。身近なところで実際に親どうしが集まって、互いの経験を語り合い、支え合うような場として、各地には「親の会」がある。
 ほとんどの地域で「親の会」はかつてほどの勢いをもっていない。親どうしの支え合いの価値が減じられたのだろうか。
 ある部分はそうだ。「親の会」は社会資源が何もない時代に社会運動を担わねばならなかった。著者も1950年生まれだから、そのような時代を生きてきた人である。ただ、子育てについて喜怒哀楽をともにしたいだけの親にとってみれば、求められるものはあまりに大きかったろう。この10年ほどのあいだに、障害福祉の制度は大きく進展した。まだ「安心できる」とは言い難くとも、運動において20年前の親たちが味わったのと同じ苦労をする必要はずいぶん少なくなったと言える。
 しかし、だからこそ、今の親たちはまた子育てにおいて昔とは違ったプレッシャーを背負いつつあるのではないか、とも思う。「これだけ福祉サービスが整えられてきたのに…」「これだけ自閉症に対する研究が進んで、必要な支援が明らかになってきたのに…」。障害児者を暮らしやすくするための情報や仕組みが整えられるほど、うまくいかないことはますます「親」の責任とされやすいのかもしれない。今後、福祉サービスを積極的に使おうとしない親は責められないだろうか。コミュニケーションのための絵カードを用いることに抵抗を感じる親は責められないだろうか。
 親としての悩みには時代を超えて変わらないものもあるし、その時代ごとに社会はあるべき「障害児の親」像を作り上げる。ひと昔前の親たちが「可能な限り、子どもを自分の力で育て」「わが子のために作業所づくりの運動に励む」期待されていたのと同じように、これからの親たちもまた「子どものためにより良いサービスを見つけて活用して」「家の中でも質の高い療育に取り組む」のを期待されていくのだとすれば、大事なところは何も変わっていない。
 「親としてかくあらねばならない」という社会規範と自縛から自由になるには、多くの気づきがいる。その気づきを得るために、「私」は「私たち」にならねばならない。親としての「私」の悩みが、多くの人たち(ときにそれは障害児の親にさえ限定されない)に共通するものであると気づけたとき、既存の社会や子育てのあり方を疑い、「私たち」の望む子育てとそれを実現させる社会変革に向かって歩み出しうる(もちろんそこまで踏み込むかどうかも自分で決めればよい)。
 これを著者は「解き放ち」と呼ぶ。と言っても、これは著者のオリジナルではなく、セルフヘルプグループ研究の中で使われてきた言葉である。解き放たれた親が、自らの生きにくさを社会との関係において問い直すという意味でにおいて、「解き放ち」は「障害の社会モデル」ならぬ「障害児者の親であることの社会モデル」を実践するための第一歩なのだろう。
 とはいえ、著者もいろいろと吹っ切れているわけではない。「解き放たれる」ための過程は葛藤に満ちている。すんなりと整理のつけられない課題に悩み続けることの大事さも含めて、親にも支援者にもお薦めできる本。以下で、印象的だった部分を少しだけ引用して、終えたい。

心ない言葉を掛けられたなら、怒りという感情で反応することができます。けれど、私たちが言いようのない孤独を感じるのは、こうした「誰も悪い人がいない場面」であることが圧倒的に多い気がします。(72ページ)

「強くあれ」「努力してできるようになれ」。私たちは気づかないうちに能力主義にどっぷりつかってきました。障害のある子を深く受け入れたいと思いながら、同時にもっとも強く拒否してしまうのが親という存在なのではないか。(92ページ)

私は最近ある本の解説の中にS先生の文章を見つけました。(中略)「過去30余年、大変な数の自閉症の人々と家族の人たちに出会ってきて、しかもその人々の困難をやわらげることがほとんどできないままに、それらの人々の傍らに呆然と立ちつくすしか術のなかった時代」と、ご自分の半生を振り返っています。また「自閉症については、長い迷いと過ちの歴史があります」とも。私は専門家のそのような真摯な言葉に触れたのは初めてでした。S先生を改めて尊敬するとともに、その時代を過ごすしかなかった私と息子の37年が、やっと肯定されたような気がしました。私はその時初めて「絵カード」を受け入れようという気持ちになれたのです。(115ページ)

親の心のケアが必要。それも子どもの療育とは別々にやった方がいい。私はそう確信するようになりました。療育の現場で「お母さん」と呼ばれる時、それがどんなやさしい言葉であろうと、親としての焦燥感を駆り立てるものにしかならないから。(147ページ)

彼女は自分たちの困りごとを、ただ、うじうじと訴えるだけでは何も変わらない。子どもたちにもメリットがない。自分の力で問題解決して社会を変えていきたいのだと言います。(中略)確かに私も地域の人からよく言われることです。「不平や不満ばかり言ってないで、自らやる人になれ」と。(中略)しかし、そうだろうか。自分たちの困りごとを自分たちで解決してしまっていいのだろうか。そして不平や不満を訴えるのは非難されるべきことなのだろうか。私たちは何か錯覚しているのではないかと思うのです。(中略)たとえば、若い親たちが「保育所が少ない、子育て支援が不十分だ」と訴えた時、社会の人は「不平ばかり言ってないで、自分たちで保育所をつくったらどうなんだ」と言うでしょうか。(中略)「それであなたの息子さんに良い支援が届かなかったら、どうなんだ」と言われるかもしれません。そうだとしても、「それは私の責任ではない」と言いたい。つまり、私たち親が「それは社会の役割だ」そう言い切る勇気がなかったのではないか。自らやってしまうことで、その声を弱めてしまうことはないのか。(181-182ページ)