泣きやむまで 泣くといい

知的障害児と家族の支援からはじまり、気がついたら発達障害、不登校、子どもの貧困などいろいろと。関西某所で悩みの尽きない零細NPO代表の日々。

失敗から伝える〜第2回「小さいままでよい」の条件〜

 自法人の失敗から教訓を引き出す記事の2回目(1回目は→こちら)。
 NPOといっても多様な取り組みがあるので、特に福祉事業に限った話になるかもしれないが、10年あまり活動を続けてきて「スケールメリット」の大切さをつくづく感じる。
 人の暮らしを支えようとしてNPOを立ち上げるとき、「あまり大きくなりたくない」と考える者は多いと思う。増えていく職員集団を束ねていけるのかどうかに不安もあるだろうし、「まちのNPO」とか「村のNPO」として地域に深く狭く関わっていくような支援を志すと、広大な地理的範囲を対象にして、事業所をどんどん増やしていくのが馴染まないように思えることだってある。
 自分のやっている法人もそうで、対象地域の人口は4万人に満たない。都市部で考えたら、かなり狭い範囲である。それでも人口比から考えれば、支援を必要とする子ども・家族はかなりの数になるので、ひとつひとつのニーズに向き合っていくには良い規模だと思っていた。
 その考えには、今も疑いがない。障害児支援に関して言えば、対象地域に暮らす支援学校生の95%と関わり、地域の小中学校の子どもを加えても全体の7〜8割に支援を届けられている。地域内で横のつながりも紡ぎやすく、支援を必要とする親子についての情報も各方面から入りやすい。そして、地域に向けて絶えずアンテナを張るようにもなる。
 サービスの制度化や規制緩和が進むと、多くの事業者が参入してくる。公的な給付費がしっかり入ってくるようになるのを待って新規参入してくる事業者の多くは「地域」に対する愛着などもっていないし、もちろん「地域」に対する責任感もない。自分たちの運営にとって都合のよい利用者を選び、提供するサービスの形にうまく当てはまらない人を静かに排除していくことになる。残念ながら、それはビジネスとして福祉サービスを行う組織としては当たり前のことだ。
 事業者には法律上「応諾義務(特別な事情がない限り、利用依頼には応じなければならない」というルールが課される。しかし、そもそも「必要だけれど儲からない」サービスはなかなか生まれてこない。発展途上のサービス分野において、ひとりひとりの生活を支える責任が自分たちにあると思えば、事業は拡大していく。資源のなかった時代にそのような拡大を後押しするものとして「地域への責任」というものがあった。そのような意識が薄れる中で、「地域」にこだわりをもった支援組織が輝くときはあると思う。
 しかし、狭い地域を相手にして、小さな法人であり続けるのは苦しい。
 福祉サービスを営むには、制度上で多くの要件が求められる。主には従業歴と資格。長年の支援経験をもつ者が組織内にいなければ、事業は始められない。支援を続けながら、新たに見出されたニーズに応じて社会資源を作っていこうとすると、そのたびに豊かな経験をもつ者を中心に据えていかねばならない。さらに、職員に何かあって急に休んだり辞めたりしたときのことも想定しなければならない。
 これが、小さな組織では難しい。毎年のように職員の新規採用をしているような大きな組織で離職率も高くなければ対応できるだろうが、常勤職員が片手で数えられるくらいしかいない組織は、主だった職員のほとんど全員が管理職的な立場となっていき、次第に現状維持の運営へと追い込まれていく。せっかく対象地域を狭く設定して多角的にニーズが発見できているのに、新しいことがはじめられないというジレンマ。中心職員が辞めるようなことがあれば、一気に事業の存続が危ぶまれるようにもなる。
 公的な給付に依存する代償としてさまざまな縛りにとらわれるのだから、ソーシャルビジネスとしてやりたいようにやる、というのもひとつだ。しかし、それは経営者として高い才覚が求められるし、経済的に恵まれた層への支援に偏るおそれもある。限られたニーズと高い料金設定でも広域から利用者を集めることで成り立つ事業はある。そのようなものが社会的な注目を浴びて、もてはやされることもある。「福祉等もビジネスの手法をもっと取り入れればいいのだ」と短絡されやすいが、生きていくのに特別な支援を必要とする様々な立場の人々と関わっていけば、それで解決できる問題が極めて限られていることはすぐに理解できるだろう。
 ただ支援の必要性に気づいてしまった凡庸な有志者が小さな組織を立ち上げて、地域の中で小さなままでほどほどに発展させていくにはどうすればよいか。組織の成り立ちはいろいろあるだろうが、まずはスタートアップからできるだけ早い時期に、小さくても常勤職員を3〜4人くらいは雇えるくらいに収益性の高い事業を経営上の中心に据えることだと思う。
 スタートアップに携わる者の生活条件によっては、経営的な足場を固めることが「後回し」になりやすい。目の前に生活に困っている人たちがいるのだから、自分たちのことよりもまず支援を、と考える気持ちも痛いほどわかる。それでも、中長期的な組織のあり方を考えなければ、結果的には誰も幸せになれない。
 特に注意を促したいのは若いうちに若い仲間とともに事業を起こす場合である。「小さいままでいい」と思っても、常勤職員が1〜2人しかいないような小さいままではいられなくなる。より多様な支援の必要性を感じるようになり「大きくしたい」と思っても、経営基盤ができないうちに多角化していくと行き詰まる。20代から30代くらいは職員の人生にも変動が激しい。3年後に誰が新たな家族をもつようになっているのかさえも予測がつかない。
 早い段階から収益のあがる事業で職員を増やしていき、その後に収益性の高くない事業へと多角化を進めていくならば、組織内部で生じた変化に対して人を柔軟に動かして対応できるし、新規事業もスムーズにはじめられる。その新規事業もフォーマルなもので2〜3人くらいの常勤職員を置ける規模を保てれば、組織独自にやっていきたいと考えるインフォーマルな支援だって並行していける。そこを下回ってはならないという「最低限の小ささ」を見極めることは、事業の対象地域を決めるときのポイントにもなるだろう(特に都市部と郊外では大きな違いが生じる)。
 小さな組織が新卒の採用に偏りすぎるのもよくない。毎年のような採用が難しい中で一定の従業歴をもった職員を確保し続かなければいけないことを考えると、40代50代くらいのベテランが数名はいたほうがいい。正直に言えば、起業するのもそのぐらいの年齢を待ってからのほうがよいとさえ思うが、そんなに周到な計画はなかなか立てられないのが現実。若いうちの激情とエネルギーがあるからこそできることも多いし、自分自身の人生が守りに入らないうちにはじめたほうがよいこともある。自分たちよりもずっと年齢が高く経験も長い支援者をどのように確保して、使いこなせるようになっていくか。最初は支援観や労働観も共有できて信頼のおける年配者を一本釣りするのがよいと思う。そのためには支援者のネットワークを日ごろから広く張り巡らせておかなければならない。
 仲間だけでやりたいようにやって、やめたいときに終われる支援というのはほとんどない。うちは、上に書いてきたようなことがほとんどできなかったために苦しんでいる。これから始める人は、マネジメントが後手後手にまわらないように注意をしてほしい。