泣きやむまで 泣くといい

知的障害児と家族の支援からはじまり、気がついたら発達障害、不登校、子どもの貧困などいろいろと。関西某所で悩みの尽きない零細NPO代表の日々。

某遊園地の対応もなかなかだった、という話

 シリコンバレーの帽子屋が話題になっている。
自閉症と言っただけで、見事な対応をした帽子屋さん
http://d.hatena.ne.jp/kuboyumi/20131230/1389076318
 自閉症や知的障害の方たちの外出支援をしている人たちならば、きっとそれなりにエピソードは出てくるのではないかと思う(うれしいものも、悲しいものも)。「他でもこういう対応をしてもらえたら感動する」という事例を関係者が開示していくのも大事なのではないか。以下は、保護者からの了承も得て、他にも少し書いたことのある話。
 某遊園地でのこと。ステージでのショーがある。歌のおにいさんおねえさんとキャラクターたちが出演するショーは、親子連れに大人気だ。自分はヘルパーとして「利用者」の彼としばしば遊園地に行き、いっしょに見ていた。
 ショーの後半になると、歌のおねえさんが観客の子どもたちにステージにあがるよう呼びかける。キャラクターたちといっしょに踊ったり、集合写真を撮ったりできるので、大人気のコーナーだ。多くの子どもたちがステージにあがっていき、保護者はカメラを構えようとする。
 そのとき「利用者」の彼もまたステージにあがっていく。
 うちは障害をもつ「子ども」の支援をしているが、実際のところ支援している年齢層にはもっと幅がある。彼は「子ども」と呼んでよいかどうかギリギリくらいの年齢である。身長も成人の平均身長ぐらい。幼児から小学校低学年ぐらいの子どもばかりの中で、ものすごく目立つ。
 ステージ下でわが子を見守る保護者は、おそらくみんな驚く。あれは誰だと不安を感じる者もいて当然と思う。
 すると、すぐに一体の着ぐるみが彼に近づいていく。登場しているキャラクターの中では一番の体格の持ち主だ。そして、彼の肩に手をまわすと、ぽんぽんと叩きながら、客席のほうを見まわす。「彼は僕の友だちだよ」というメッセージである。
 その後もショーが終わるまで、他のキャラクターやおにいさんおねえさんなども含めて、ずっとステージ上の彼のことを気にかけてくれる。おかげで、ヘルパーである自分はステージに上がることなく、すごく自然なショーへの参加ができる。
 昨年の夏頃だったか、いつものようにショーを楽しんで立ち去ろうとすると、もはや顔なじみとなったスタッフの方から呼び止められた。
「もうすぐ今のショーが終わり、夏休みは水がかかるようなショーになる」
「夏休みが終わると、また今のようなショーが再開されるが、内容は今と違う新しいものに変わる。彼は、急に変わると動揺すると思うので、伝えておいてほしい。」
 もちろん繰り返し通ってきた結果でもあり、「自閉症と言っただけで」というシリコンバレーの帽子屋さんとは状況も違うのだが、自閉症の「急な変更が苦手」である特性まで踏まえて、あちらから説明に来てくださったことには、少し感動した。
 この遊園地が他の自閉症の利用者さんたちに対してどう接しているのかは知らない。もしかしたら、自分たちがこのような対応を受けられるようになった最初の客だったのかもしれない(かなり通っていたので)。まずは「誰かが行ってみる」ことからしか理解を深めていくことはできないと考えれば、最初の「常連客」として誰かが親交を深めることは重要なのだろう。外出支援を担う者に課せられた大事な仕事。