泣きやむまで 泣くといい

知的障害児と家族の支援からはじまり、気がついたら発達障害、不登校、子どもの貧困などいろいろと。関西某所で悩みの尽きない零細NPO代表の日々。

「おやつ廃止」はもうちょっと複雑な話

 子どもの放課後支援施策の混沌もわかる内容なのだけど、この記事ではわかってもらえないだろうなあ、と思う。これを読んで「ひどい!」と言う人にも、「大した問題じゃない!」という人にも、情報の補足が必要だろう。

「子供が水しか飲めなくなる」 学童のおやつ廃止で保護者反発産経新聞
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130227-00000551-san-soci

 東京都江戸川区が、児童の放課後対象事業「すくすくスクール」で出していた補食を平成25年度から廃止することを決め、保護者の間に反発が広がっている。区は廃止によって25年度で約5500万円の財政削減が見込めるとしているが、保護者側は「他にも無駄遣いはある。子供を狙い撃ちにしている」などと訴え、廃止の撤回を区に求めている。

 ここまでは意味がわかりやすい。問題は次の段落からである。

 すくすくスクール事業は平成17年、それまであった小学校1〜3年生を対象にした学童クラブを、1〜6年生対象に拡大させてスタートした。対象時間は最長で午後6時まで。

 この書き方だと、すくすくスクール=対象年齢の広い学童保育所、のように読めてしまう(記事タイトルも「学童」って書いているし)。そうではない。「すくすくスクール」というのは、すべての児童の放課後対策としてある事業なので、保護者が働いていてもいなくても利用できる。区立小学校の中にあるが、その学校区内にあれば私立や都立小学校の生徒も使える。いったん家に帰ってから来てもよい。
 いまの大人が子どもだったときにはなかったものなので、「なんだそれ」と思う人が多いかもしれない。「学童保育所(放課後児童クラブ)」は厚生労働省の管轄で保護者の就労保障を目的としつつ、子どもの健全育成をも図るものとして昔からあった。ここに文部科学省が「放課後の子どもの居場所は親の就労に関わらず大事だ」「放課後の子どもたちの居場所づくりに地域の人たちを巻き込んで、地域の教育力を向上させるぞ」と言い出した。そして、2004年から「地域こども教室」(07年からは「放課後子ども教室」)という全児童向けの放課後対策が全国に広められていく。
 多くの地域で「学童保育所」と「放課後子ども教室」が別々に作られる中にあって、江戸川区の「すくすくスクール」は両方の機能を併せ持った場所として作られており、「放課後対策」業界では少し有名である。江戸川区のホームページには、「放課後子ども教室」部分について保護者向けにこう説明されている。「児童にとっての自由な学びの場・遊びの場として自己責任で参加・登録する区分です。「参加する・しない」「何時まで遊ぶ」「お迎えの有無」など、お子さんと約束して参加させてください。また、都合のよいときに保護者の皆さんも参加し、地域の中での子育ての場の一つとして活用してください」。
 「おやつ」はすくすくスクールに「学童保育」として通っている子どもだけに提供されていると思われるが、たぶん純粋な学童保育所であったならば、「おやつをやめよう」という話はまず出てこない。「学童保育」とは保護者の就労保障にとどまらず「子どもの健全育成」を掲げている施策である。利用が特に多い低学年の子どもは、大人と比べて必要なエネルギーが多いのに胃が小さく、消化の機能が弱いので、間食が重要である。「そのぐらい食わなくても平気」と思う大人は多いだろうが、少なくとも医学・栄養学的にはそうである。おやつを出さない公立学童保育所を自分は知らない。
 しかし、「放課後子ども教室」が加わるとその規模も事業の性質も変わる。

 補食は、学童クラブ時代のおやつを制度変更したもので、希望者におにぎりなどを出している。約1300人の児童が補食を希望している。

 子どものことを深く思う大人にとって、市販のお菓子はあまり評判がよくない。それでも「手作り」というのはさまざまな規制があるし、公立ならばなおさら市販品に頼るのが普通だろうと思う。どのように用意しているのかわからないが、おやつを「お菓子」に限らず、「おにぎり」のような保存のききにくいものや一定の調理を必要とするものをおやつに出しているのだとすれば、管理は大変だろう(追記:この記事を書き終えてから、他サイトでおやつの内容など見ることができたが、どうやら市販のお菓子に加えて、冷凍食品などを活用しているようだ。その中からわざわざ「おにぎり」をチョイスするところに産経新聞の意図を感じる)。
 おやつ(補食)は「希望者に」であるから、日ごとに個数の管理まで行わねばならない。すくすくスクールは「一般登録」と「学童クラブ登録」に分けられているので、学童クラブ登録の子どもだけに提供しているのだろうと思うが、「すくすくスクール」は保護者の就労の有無で子どもの過ごし場所が変わってしまうことを問題視して、あえてふたつの機能を持たせているわけなので、子どもたちはいっしょに過ごしているだろうし、通常よりも管理は大変だろう。なお、後に示した学童クラブの登録人数から計算すると、「希望者」の割合は3割程度のようだ(ただし、登録だけであまり使っていない子どももいると思う)。

 補食の費用は実費で、希望者から月に1700円徴収。ただ、生活保護世帯など就学援助家庭の児童には無料となる。区によると、このための助成が年に約1千万円に上るほか、補食を実施するための人件費が年間約4500万円かかるという。

 おやつ代として1700円という金額は、まあそんなものだろうと思う(ちなみに自分の地元自治体の公立学童おやつ代は2000円)。就学援助家庭の児童は無料とされており、助成額と徴収額から計算すると区内に490人程度の該当者がいると予測される。区内にある「すくすくスクール」は全部で73か所。平均すると1か所あたり6〜7人か。区内37000人ほどの児童のうち、「すくすくスクール」の登録者数は全体で22000人(うち学童クラブ登録は4500人)ほどとされており、1か所あたり平均は370人。学童としての登録者は平均60人くらい。
 おやつを用意して出すための人件費に4500万とあるが、そもそも「放課後子ども教室」のほうはもともとボランティアを中心とした運営が見込まれた制度である。団塊世代の教職員が退職後に活動してくれたらいいな、という思惑もあっただろう。だから「放課後子ども教室」というのは、その開始当初から将来的な「学童保育」の安上がり化を図るものではないか、と懸念もされてきた。
 一方、「学童」は有給の指導員が勤めており、おやつの注文や提供などを業務の中で行うのは当然。放課後数時間の仕事である「学童指導員」にとっておやつの用意は、かなり中心的な業務である。「すくすくスクール」は、有給の指導員とボランティアがいっしょに運営しているから、人件費を削る、ということは、特に「学童」としての部分にかけていた費用を削り、いっそうボランティアに頼る割合を増やす、ということにもつながりうる。
 江戸川区の「すくすくスクール」予算は10億7000万円。1か所あたりならば、1760万ぐらいか。今回の案で削減できる人件費は1か所あたりで計算すると60万ぐらい。「すくすくスクール」の臨時職員の求人をネット上で見つけたけれど、1時間1000円ぐらい。1か所あたり非常勤1名2時間ぐらいの勤務を削ると、4500万になる。計算としてそんなに無理があるようには思えない。60人の子どものためにおやつを注文して、提供して、後片付け。たぶんそのぐらいの手間はかかるだろう。ただ、放課後に毎日「ただいま」と登所してくる子どもたちにおやつも出さない「学童」って何をするのだろう、とも思う。
 家に帰っておやつ食べてから来てもよい子どもたちも含めて受け入れるようになって、見守るべき子どもの数も膨れ上がって、おやつを用意して出すためのコストがかかるからやめます、と言われたときに、学童に子どもを通わせている保護者ははたしてどう思うであろうか。記事には書かれていないが、「すくすくスクール」を「学童保育」として使うところは「育成料」として月4000円を払わねばならない。一方、「子ども教室」で使うところは無料だ。はたして「4000円」は何をどう「育成」するための4000円であろうか。
(※追記 こちらの議員さんのサイトによると「人件費4500万円は、普段の保育がメインです。その中でおやつを配るという業務を委託しているだけで、もしも、おやつが廃止となっても支出することとなります。」とのことで、もう自分の想像力ではいったい何をどうやっているのかわからない…。委託って何をどこに? 保育にかかる人件費が73か所でたったの4500万はありえないし…。)

 区は、財政削減効果のほか、(1)補食によってカロリーの過剰摂取になる(2)食物アレルギーのある児童が増え管理が大変(3)補食を希望しながら食べない児童もおり、食材が無駄になる−などを廃止理由として挙げている。

 (1)は何をどのぐらい食べていたのかが具体的にわからないので、なんとも言えない。(2)は人数が多くなれば、管理するスタッフの緊張感はかなりのものだろう。(3)は、先述したように「おにぎりなど」であれば、大量の廃棄が出てもおかしくない。

 一方、保護者側は「補食がなくなると、子供は給食を食べてから午後6時まで水分しか取れなくなる」などと反発している。
 「廃止するなら子供がおやつを持っていけるようにしてほしい」との要望も出したが、区側は「すくすくスクールは学校施設を使っている。学校におやつを持っていくことになるので認められない」としている。
 さらに、区は「補食が必要なら、保護者側が手当てするようにしてほしい」とするが、働いている保護者が多いため難しいのが現状。両者の意見は平行線をたどっている。

 「保護者側の手当」とは何のことかわからないけど、そもそも区側は「おやつなんて必要と思っていない」という立場であるようなので、利用する側の主張としては「無駄をなくせ」とか「水だけしか飲めない」と言っても、聞く耳なしだろうと思う。結局、最大の争点は「おやつ」って小学生の発育にとって大事なの? そうでないの? ということになる。低学年と高学年では違うし、活動量によっても違うだろう。そのあたりがどれだけ丁寧に検討されたのか、がカギ。
 ただ、「すくすくスクール」って、従来の学童保育などとは違って、「保護者や地域といっしょに創っていきます」というのが売りであるはずだったと思うのだけれど。意思決定はどのように行われているのだろう。「地域に開かれた学校」の意味も問われていると思えば、議論は「おやつ」を超えていく。

参考
http://www.city.edogawa.tokyo.jp/kurashi/kyoiku/sukusuku/index.html
http://nakata-sanda.blog.eonet.jp/default/2012/05/post-7.html
http://www.city.edogawa.tokyo.jp/saiyoboshu/rinjisaiyoboshu/ikuseimimamori/index.html
http://hoshoku.blogspot.jp/