泣きやむまで 泣くといい

知的障害児と家族の支援からはじまり、気がついたら発達障害、不登校、子どもの貧困などいろいろと。関西某所で悩みの尽きない零細NPO代表の日々。

「知的障害者」に雇われる仕事、の可能性

 あまり話題になっていないようだが、インパクトはすごいニュース。
知的障害者が障害者グループホーム運営 NPO「ピア」島原長崎新聞
http://www.nagasaki-np.co.jp/kiji/20110828/01.shtml

知的障害者の生活支援や電話相談などに取り組んでいる知的障害者の当事者団体、NPO法人「ふれあいネットワーク・ピア」(本部諫早市福田町)が、障害者向けのグループホームの運営に乗り出した。障害者自らが福祉事業に参入するのは全国でも珍しい。
 「ピア」は障害者向けの福祉事業を展開する社会福祉法人南高愛隣会(雲仙市瑞穂町)の利用者で組織している。1989年に発足し、2005年にNPO法人化。県内に5支部あり、会員は約400人。重度障害者の自宅に出向いて話し相手になったり、家事の手伝いをする人材派遣事業や電話相談事業(いずれも有償)などを行っている。
 発足当初から会員間で福祉事業への参入を望む声が強く、05年には社会福祉法人化を試みたが「能力的に難しい」と県に認可されなかった。しかし今回、万が一運営面でトラブルが起きた場合、愛隣会が「後ろ盾」となることで、7月1日付で福祉事業開始について県の認可が下りた。現在、愛隣会から移管された島原市有明町グループホーム・ケアホーム「ありあけ」(定員26人)の運営に当たっている。
 事業主体の変更を機に、「ありあけ」の職員は全員愛隣会をいったん退職。軽度の知的障害がある「ピア」の理事らが面接を行い、「障害者に寄り添うことができる人か」を見極めた上で、再雇用する職員を決めた。運営が軌道に乗れば、今後、日中の生活支援など他の福祉事業にも手を広げたい考えだ。
 「ピア」の辻浩一郎理事長(31)は「運営する側も障害者なので、利用者と対等の目線でサービスを提供できると思う」。南高愛隣会の田島良昭理事長(66)は「当事者自らが福祉事業を手掛けるのは全国でも異例。障害者同士が支え合う仕組みをバックアップしたい」と話している。

 「障害者自らが福祉事業に参入するのは全国でも珍しい」は大嘘である。珍しくもなんともない。しかし「『知的』障害者が」ならば、まったくの真実になる。自分は聞いたことがない。
 「身体障害者」が事業を起こし、「健常者」をスタッフとして雇うことはよくある。何の不自然があろうか。自分にとって必要なものを知っていて、その支援のために活用できる制度や法律について知っていて、人の雇用や組織運営について考えることができればよい。その要件を満たすのに「身体障害」の有無は直接関係ない。身体障害をもつ優秀な支援者も経営者も学者もたくさんいる。
 ところが、この事例は「知的障害」である。「知的障害者のニーズは知的障害者が一番よくわかっている」というところまでは世間的にもかろうじて合意されるかもしれない(もちろんこれさえも反論は山ほど予想される)。ところが、事業運営となると、一気にハードルはあがる。「知的障害者」が「健常者」を雇い、動かすのだ。一般的な労使関係の常識からは考えられないだろう。
 雇う側が雇われる側よりも知的な能力に長けていなければならない、と言えるのだろうか。自分の要求を表現する力にとどまらず、他者にとって必要な支援を行なう力として何と何が求められるだろうか。疑える常識と疑えない常識がある。能力の違いが「雇う/雇われる」に直結するのは疑える。しかし社会福祉事業を「運営」するのに必要な力と「知的障害」の相性があまりよくないことは疑いにくい。
 ひとつの事業所を運営するには、広範に及ぶ知識と技量が必要になる。「経営」の役割と担い手をどう規定するのかによって、クリアできるところはたくさんあるのだろう。そもそも何もかもひとりでできるスーパーマンはめったにないのである。既存の多くの事業者が理事会に「当事者」を入れたりもしているが、それとは逆のことを「健常者」が行うことになるのかもしれない。ただ支援に対する(ときに「形式的な」)チェック機能を期待されるような参加ではなく、自分たちでは能力的に難しい部分を補ってもらう参加になる。それは実質が問われる補完であり、「形式的」な参加にはなりにくい。
 バックアップ法人はこの業界では高名なところ。「バックアップ」というのは使い勝手のよい言葉で、これだけでは何をするのかわからない。知的障害をもつ人々による組織的活動を「バックアップ」するとき、それが「コントロール」にならない仕組みを構築しなければ、支援の「当事者性」の担保になってしまう。批判不能になるという点で(「当事者も賛成しているのだから、文句あるまい」)、もしかしたら「当事者不在」や「当事者無視」よりもタチが悪いかもしれない。どのような形の「バックアップ」が行われていくのか、についての情報公開を今後は進めてもらえたら、知的障害者支援業界全体にとって有意義。
 ところで「いったん退職」した後に「再雇用されなかった職員」はいたのだろうか…? そこは記事中に書いてほしかった。