泣きやむまで 泣くといい

知的障害児と家族の支援からはじまり、気がついたら発達障害、不登校、子どもの貧困などいろいろと。関西某所で悩みの尽きない零細NPO代表の日々。

 朝から面接。臨床心理士にとっての安定した職が、世の中にはとても限られているということを痛感する。すごく熱心で、あちこちに非常勤でひっぱりだこの人でも、常勤で雇ってくれるところはなかなかない。うちも非常勤を探している。特別な待遇を求めているわけじゃなくても、雇用する側が敬遠してしまうこともあるだろう。専門性を高めようと勉強して、取得の難しい資格をとった結果がこれでは報われない。
 それにしても、心理系の大学院って「昔ながら」のカウンセリング系か行動科学系に二極化しているのだろうか。TEACCHとかは大学で勉強したわけじゃないという人がとても多い。特別支援教育関係の人たちのほうが自分たちとたくさんの知識を共有できているような気がする。もっと領域横断的な勉強ができる場所を増やしたら、これからの社会ですごく貴重な人材が生み出せると思うのだけれど。
 珍しくうれしかったこと。「親の会」のネットワーク組織みたいなところから講師依頼が来た。親の会と支援者(主にはボランティア)の関わりについて話してほしいと。各地の親の会の役員たくさんに向けて話せる。自分の思い描いてきた地域の「親の会―事業所」関係モデルについて話せる。
 学生ボランティアの頃から今に至るまで、親たちといっしょに活動して、相互の役割や関係について考え続けてきた。自分はたぶん母親たちが尽力しているところで活動をはじめたから、今のような仕事をすることになっている。もし、そこらへんの福祉施設などでボランティアをはじめていたら、法人設立につながる問題意識など持てなかっただろう。
 気がつけば、大学1回生から15年。思考と経験の蓄積をまとめて恩返しをするときである。ここに来るまで長かった・・・。