泣きやむまで 泣くといい

知的障害児と家族の支援からはじまり、気がついたら発達障害、不登校、子どもの貧困などいろいろと。関西某所で悩みの尽きない零細NPO代表の日々。

本当に「妊娠しても太りたくない」のか?

日本って飢餓大国?(石井光太 − 旅の物語、物語の旅 −)
http://kotaism.livedoor.biz/archives/51516168.html

とみたさんのブログ経由で知る。

何が書かれているか。要点をまとめると、
1.低体重児は、飢餓の国で栄養の不足から生まれやすい。
2.しかし、豊かなはずの日本で低体重児(低出生体重児)が増えている。
3.原因は、女性のダイエットのしすぎである(喫煙も)。

記事中では、こんな数字も紹介されている。

低体重児の出生率

日本 8%
ベトナム 7%
パレスチナ 7%
北朝鮮 7%
ルワンダ 6%
モンゴル 6%
韓国 4%
中国 2%

この記事を紹介したとみたさんのエントリは副題が「統計数字をどう読むか」とされており、1と2までの内容を紹介するにとどめている(その意図は、およそ見当がつくが)。

さて、これらの主張は正しいだろうか。実は「低体重児」などで検索をかけると、ネットのあちこちで同じようなことが書かれている。乳幼児の子育て支援などもやっている立場として、少し気になるところだ。なぜかと言えば、この主張は(ブログ主さんの意図とは異なり)「まったく最近の母親ときたら・・・」という年長世代からのお説教に使われかねないからである。

低出生体重児が30年ほど増え続けているというのは本当である。1980年あたりからはずっと右肩上がりだ。

疑り深い人ならば、こうした話を聞いたときに、いくつかの仮説を考えるだろう。

・産科医療の進歩によって、以前なら助からなかったような低体重児でも生まれるようになった影響があるのではないか。
不妊治療などの影響で多胎児が増えているからではないか。
高齢出産が増えていることは関係していないだろうか。

出生率の推移ひとつから解釈をぶつけあっても仕方がない。ちゃんと研究がある。

平成15年度児童環境づくり等総合調査研究事業報告書
低出生体重児出生率増加の背景要因に関する検討

http://www.aiiku.or.jp/aiiku/rpi/nakamura/works/lbw_met_tokyo.pdf

この研究は、東京都周産期医療情報産科データベースの1988〜99年までのデータ86221件を対象としている。著者ら(中村敬・長坂典子)は「新生児の出生体重に影響を与える因子について検討してみると、母体の体格、妊娠中の体重増加量、分娩週数、胎児数、母体年齢などが考えられ、低出生体重児出生と関係する妊娠異常は、妊娠中の喫煙、切迫流早産、胎盤機能不全、頸管無力症、不妊症治療後妊娠、前期破水、前置胎盤胎盤早期剥離、性差、妊娠中毒症、若年出産、高年出産などが考えられている」とした上で、回帰分析を行う。

そして、その結果として、

出生体重を従属変数とし、母体体重増加量、母体身長、非妊時体重、胎児数、母体年齢の5つの変量因子と分娩週数を固定因子とする当てはまりのよい回帰モデルで表された。

と言う(6-7ページ)。

この後の検討の多くは、もっぱら妊娠中の母親の体重増加と子どもの体重の関係について焦点を当てている。ポイントがたくさんあって、わかりにくいのだが、主張されていることは、
・周産期医療の進歩によって助かる命が増えたことは、低出生体重児の増加と関係している。
・痩せている女性は増えているが、非妊時の痩せている女性が増えていることと低出生体重児の増加には関係が認められない。
・妊娠中に体重増加が抑えられることが低出生体重児の増加に結びついており、もともとやせている女性が体重増加を抑えるときに顕著である。
・非妊時にやせていたからといって、特に体重増加を抑制しやすいということはない。
・一方、肥満の妊婦は、妊娠合併症にかかるリスクが高い。
・医療関係者は妊娠合併症を避けさせるために「カロリーを過剰摂取しないように」と指導するが、こうした指導をやせている女性にも一律に行うことは慎むべきだ。

なお、著者らは過去にも同様の研究をしており、そこでは「予定日を過ぎた分娩が母子に対して悪影響を与えることから、妊娠38週を過ぎた時点で積極的に分娩への介入が行われるようになったこと、また、妊娠中のエネルギー摂取の過剰が妊娠合併症やいわゆる難産の原因になることが指摘されるようになり、妊娠中の体重コントロールが重要視されるようになったことにより相対的に胎児の体重発育が低下し、新生児全体の体重が小さくなってきたことなどを報告(2ページ)」しているそうだ。要するに「早く産ませる」ようになっているし、「太らない」ように指導がなされてきている、ということである。

もちろん著者は、やせている女性が増えていることを認めているし、結論部分で女性のやせたがる傾向が体重増加の抑制に関わっているかのように書いてもいる。しかし、全体から読み取れるのは、低体重児の増加がもっと複合的な要因から生じているということであり、出産する女性の意思ばかりでなく、妊娠中の女性に対する産科等の指導も影響していたかもしれないということである。この点を押さえておかないと「今どきの女性は妊娠出産という一大事にも子どものことを考えずにスタイルを気にしている」という安易なストーリー作りに加担することになってしまうだろう。

こうした理解が広まった原因には、もしかしたら過去にこんな新聞記事があったことも影響しているのかもしれない。ネットで低体重児について調べていたら、この記事ばかり出てきた。リンク先のコメント欄では複数の産科医の方が内容に疑問を呈しておられるが、現場の実感というのは実際のところどんなものなのだろうと思う。センセーショナルな書き方をした新聞記事の影響力というのは実におそろしい。

最後におまけ。少し古いけれど、以下も先行研究レビューが多くて参考になる。
低出生体重児出生率の年次的変遷に関する研究
http://www.aiiku.or.jp/aiiku/rpi/nakamura/lbw/lbw.pdf