泣きやむまで 泣くといい

知的障害児と家族の支援からはじまり、気がついたら発達障害、不登校、子どもの貧困などいろいろと。関西某所で悩みの尽きない零細NPO代表の日々。

介護福祉士について大ざっぱな雑感

 続く14時間労働。今日はそのうちの2時間で10キロ歩く。明日に響きそうだ。
 日中の時間がケアで埋め尽くされるので、行政に足を運ぶ時間がとれない。そろそろ次年度の異動などが決まってくる時期だろうか。
 tzitouさんからトラックバックいただいた介護福祉士のこと。きちんとしたことはまた書けたらいいなと思うけれど、ひとまず一番不満なことを数行で書いてしまえば、いったい「介護福祉士」であるからと言って、知的障害をもつ人の支援にどういう関係があるのかと。この点においては「ヘルパー2級」とかでも同じ。
 にも関わらず、知的障害者福祉の中でも介護福祉士はケア系資格の頂点として君臨しているのである(「行動援護」の話を含めると少し複雑になるが、ここでは触れない)。大学で社会福祉系の学部に4年通い、知的障害者福祉施設で1ヶ月実習した新卒学生よりも、専門学校を出たばっかりの介護福祉士やヘルパー2級のほうが制度上は「使える」のだ。いったいいつから介護福祉士は「ジェネリックなケアワーカー」のお墨付きを得たのであろうか。「高齢介護福祉士」に過ぎないだろう。「そんなことはない」と言うなら、介護福祉士会の理事構成でも見てみるといい。いったい誰のために存在する団体であるか。
 もっと言えば、福祉業界は対人援助関係の「国家資格」でありさえすれば何でも優遇、みたいなところもある。サービス管理責任者のために必要な経験年数の緩和とか。「あん摩マッサージ指圧師」「柔道整復師」でも緩和されたりするのだ。知的障害者支援をするのに、いったいどういう理由で優遇されているのか、まったく理解できない。
 臨床心理士とか臨床発達心理士とか特別支援教育士とかが優遇されているほうが、まだ「専門分野を勉強した」という単純な理屈として理解できる(そもそも自分は「資格」が好きになれないので、それがいいとは言わないけれど)。介護福祉士にはそれすらない。高齢者介護分野で特定の人たちの既得権益を拡大するための闘争に、自分たちが巻き込まれるのはまっぴらごめんである。ああ、言いたいことは、これでほとんど言ってしまったかも・・・。あとは、それでも「資格」を「財源」確保のための代償にするしかないのだとすれば、あとは資格取得の方法などをどう考えるのか、といったところか。
 ちなみに、自分と副代表は、昨日と今日、「ガイドヘルパーをしたい」というたったひとりの学生に対して、自分たちで課している「独自研修」の講義をマンツーマンで7時間も行っているのであった。自分たちで設定している研修でさえもそのぐらいしないと受講してもらえないのである(もちろん地理的な条件とかによって違いはあるだろうが)。その昔、ヘルパー希望者には都道府県単位で見ても年に1回あるかないかの「知的障害者ガイドヘルパー研修(3日間)」を受けてもらうしかなかった時代があった。つい数年前である。研修は自前で柔軟にできるのが一番よい。