泣きやむまで 泣くといい

知的障害児と家族の支援からはじまり、気がついたら発達障害、不登校、子どもの貧困などいろいろと。関西某所で悩みの尽きない零細NPO代表の日々。

支えたい人々

 以前にも同じようなことを書いたことがあるかもしれないけれど。
 子どもたちや保護者の求めに応じて、うちの法人が学生スタッフを数十人もコーディネートして支援をしている話をすると、おそらく「地域福祉」に熱心な人たちから、「もっと様々な人たちから支えられてこそ『地域で生活する』ということだ」という批判だか反論だか意見だか、よくわからないものを浴びせられる。おととい某所で話したときもそうだった。これまでにも地元の年長世代中心のボランティアグループの関係者などから、同じようなことを言われてきた。
 しかし、自分には障害をもつ子どもがなぜ「地域」に支えられなければいけないのかが、よくわからないのである。
 だって、ひとまず31歳で五体満足とされる自分は、おそらくここでいう「地域」に支えられて生きることを強いられない。必要なものは市場を通じて得られる。家事は苦手だが、人にやってもらいたいなんて全く思わないので、自分でする。友達はあまりいないけれど、近所に暮らす中高年のおっちゃんおばちゃんを友人にしたいなど思うこともない。そんなのわずらわしくて、かなわない。
 世間の子どもや若者はどうだろうか。家族から世話をされ、学校や塾や街中で友人を作り、市場でものやサービスを買い、生きていく。若者にもっと多様な社会体験が必要だ、とは思うけれど、それは視野を広げろという以上の意味ではなく、生活の構造が間違っているなどとは全く思わない。
 当たり前の生活って、そんなものだ。
 ところが、高齢になって介護が必要になったり、障害をもって生まれたりすると、途端に「地域で支える(地域に支えられる)のってスバラシイ」という人たちが出てくる。子育て支援もそうだ。昔の地域には子どもを叱ってくれるおじさんおばさんがたくさんいて云々。そんな昔話の真偽もうさんくさいし、これは支える側の奇妙な願望である。支えられる側の希望は問われることなく、社会的弱者は生活が不安定であるがゆえに、地域に支えられたいと思っていると言わんばかり。制度対応してもらえない部分に悩んだ人が、個人でボランティアの募集などすると、オープンマインドでよいですね、みたいな。
 「昔の地域はよかった」は本当だろうか。何がどうよかったのだろうか。「地域のつながり」が豊かにあったという時代に、障害をもつ人々はどんな助けを得られていただろうか。子どもたちにとって「地域」は自分を支えてくれる存在だっただろうか。
 終いには「地域から支えられるようになったら、私の人生もおしまいだ」とスティグマ化するかも。自分は地域とかなんとか関係なく、ただ自分と仲が良く信頼できる人に囲まれて生きたいと思うだけなのだが、世間はどうだ。