泣きやむまで 泣くといい

知的障害児と家族の支援からはじまり、気がついたら発達障害、不登校、子どもの貧困などいろいろと。関西某所で悩みの尽きない零細NPO代表の日々。

[近況]またまた学童の話

 今日は学童指導員会議(学童の指導員とうちから派遣している加配指導員+自分での会議)。いつものごとく学童指導員のダメっぷりにあきれる。一方でそんなダメな指導員をちょっとでも変えようと努力を続ける、うちの加配の辛抱強さに感心する。
 先日も子どもたちが帰りの会をしているときに指導員2名がロッカールームに隠れておやつを食べており、それを見つけたうちの加配が思わず「何してんの?」と注意したところ、堂々とこう言いはなったそうだ。「サボってんの」。これが指導員の主任であるのだから、そんな学童がまともな場所になるはずもない。
 この一ヶ月ほどの間、子どもたちがおもちゃを片付けないからという理由で、指導員がおもちゃをどんどん隠していき、学童のおもちゃがどんどん無くなっている。当然、そこに通う養護学校生は困る。先日まであったおもちゃが急に無くなるのだから、障害によってはパニックになってもおかしくない。そこまではいかずに済んでいるが、ルール性のある遊びに混じって遊ぶのは難しい子たちである。おもちゃがなければ、遊びの幅は広がらない。
 隠した指導員の方針は「子どもたちが謝ってくるまで待つ」のだそうな。むろん子どもたちがそんなことで謝るはずもない。「それで最終的にはどうするのか?」と聞くと、「それはまだどうするか決めてない」と言う。目標設定があるふりをするが、具体的には何の見通しもない。結果として、子どもたちは少ないおもちゃでなんとか遊ぶようになりつつある。すると指導員は「おもちゃがたくさんあると、みんながばらばらに遊んでいる」「少ないおもちゃで工夫して、みんないっしょに遊ぶようになる」と説明。ならば、そもそもおもちゃなんて何も買わなきゃいいのに。この人たちはきっと子どもにとってのおもちゃの重要性についても何ら知識がないのだろう。いったい何についてならば知識があるのかは不明。
 意味のわからないルール変更に養護学校の子どもがつき合わされるのはかなわないので、やんわりと改善するように言うと、逆ギレ。ここに来た以上はここのルールに従わなければいけないことはわかっているはずなのに、どう思うのかと質問される。何度も同じ話をしなければいけない。この3年ぐらい、あちこちでしてきた話。この学童でもこの人たちに対しても、何度もしてきた話。どこまで頭が悪いのだろうと思う。昨年度まで全く問題なく進んでいたのに、今年度になり人が変わったとたんにこれほど軋轢が生まれているのだから、少しは自分たちのやり方を反省してもよさそうなものだ。そして次回の会議の日程を調整すると、とことん先延ばしにしようとする。これも毎回同じ。
 こういった悲惨な状況はすべて自分から学童の運営主体である自治体担当課に報告させてもらうが、自治体に雇用されている者はどんなひどい人間でも簡単にはクビにならない。担当課職員も問題のある指導員を辞めさせたいのに辞めてくれないので悩んでいる。もし学童が民営だったら、自分の立場から学童の人事になんて口出せないだろうし、自治体直営ということに少しは救いがあるのかもしれない。 
 この学童とは別の学童に入っていた加配が親の入院で離脱したので、また人探しがはじまる。50代以上の人を雇って1年もったことがない。8月に夫の入院でひとり離脱。今度は親の入院。先月は子どもの出産でしばらく休みたいというのもあった。もう少し若い人を雇いたいが、その世代はもっと稼げる仕事をやりたがる。17時半とか18時までの仕事というのもネック。
 午後から、障害者計画策定のワークショップにも参加。そんな学童でも必要だから(子どもどうしの関わりは相変わらずすばらしい)、きちんとこれからも充実させていくように主張。中高生の放課後対策で養護学校の空き教室を使うという案が自治体から出ているが(たぶん小学生もいっしょにして学童はやめたいとも思っている)、このプランには不満がたくさんあるので、注文をあれこれつける(子どもを預かる場をもっていない自分が偉そうなことを言える立場にないのはわかっているが、それにしてもなぜ養護学校で放課後までも過ごさせたいと思う保護者がこれほどまでに多いのか、自分には理解できない)。その他にもたくさん吐き出して帰ってくるが、不調はあいかわらず。目がうつろだと言われる。自分で鏡を見ても、たしかにうつろだ。