泣きやむまで 泣くといい

知的障害児と家族の支援からはじまり、気がついたら発達障害、不登校、子どもの貧困などいろいろと。関西某所で悩みの尽きない零細NPO代表の日々。

読了

自由という服従 (光文社新書)

自由という服従 (光文社新書)

 あんまり時間もないので、かなり自分にしては速く読み終えた。読みやすい本であるのは間違いない。でも、なんだかすっきりしない。丁寧にまとめられた本だと思うし、他者と一緒に生きていく以上、自由と服従とが密接に結びついている、というのはわかる。そのときの他者というのが自分の中で作り上げた幻影にすぎないのかもしれない、ということもわかる。
 たぶん、この本の内容に納得できないということではなくて、自分が気になっていることについては中心的に扱っていないというだけのことだろうと思う。例えば、ソーシャルワークでいう「ナラティブモデル」などは、まさにこの「幻影」が実体視されてしまったところを、いかにして語りを通じて「再構成」するか、が実践上の課題である。とすれば、この本の結論自体は臨床家にとってはさほど珍しいものではないように思う(ただ、そこに至るまでの論理的な手続きの丁寧さは、社会福祉研究者もきっと見習った方がいい)。
 その点で言うと、幻影を信じるからこそ手に入れることのできている自由というのもまたあるんじゃないだろうか、とか、「幻影」と「幻影ではないもの」の区別ってできるんだろうか、とか、また別の視点からの議論が進めば、理論の応用のために得られるものも多くなっていくような気がした。なんだか、とても難しい話になりそうだけれど。